記憶

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 僕が乗るバス停でその姿を見かけた。  その時から完璧な一目惚れという作用が働いて、僕の視線は女の子に釘付けになってしまう。  名前も何処の出身かも知らない他人で、女の子から見たら僕だって今の段階では蚊帳の外の関係。  呆気ないもんだ。恋愛なんか、もうどうでもいいと言い聞かせて生きて来た結果が、この気持ちの揺れ動き。 「………?」 「っ!」  女の子が視線に気づき、僕をチラ見すると僕は恥ずかしさのあまり顔をそらした。  ああそうか。これは漫画でもアニメでも無い。現実は不器用なもので、僕は「おはよう」と気軽に挨拶する度胸も知恵も持ち合わせちゃいない事実に軽く落胆する。  そうこう考えている内にバスが来て、無言で乗り込む僕たち。  行きだけで、帰りが一緒になるパターンは無かったが、そんな、悶々と眺めるだけの毎朝が、1ヶ月ほど続いた。  きっかけは、バイトの帰りに寄った行きつけのコンビニ。 「いらっしゃいませぇ!」  一目惚れの女の子は、レジで最高に可愛い笑顔を僕に向けてくれた。 僕だけに向けられた訳では無い。それは分かっている。分かっちゃいるが、嬉しかった。 接点を持ちたかった手前、こうして店員と客の関係でも、一応は確実に話が出来る。  僕は頭が舞い上がって買う物リストを忘れてしまったけど、何とかお菓子を4、5点手に取り、震える足取りでレジへ向かう。 女の子の胸に名札がつけられている。 (…皆木…寛子) 「…お会計780円になります」 「ありがとうございましたぁ!」  話は1分もかからない内に終わり、店のドアを開けた瞬間に、皆木さんとの接点は途切れた。  そして、まるで買う気の無かったお菓子を馬鹿みたいに食べながら、僕は自宅に帰宅した。
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