嵐の前の凪のような

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なんでこんな所に居るんだろうか。男は前を暑そうな服を着て涼しげな顔で歩いている女を見ながら、また深く溜め息を吐いた。――事の発端は少し前に遡る。そう、なんでもない事が引き金で――こんな運命を呪いたい。 ―――― 仕事を終えた帰り道。凶悪な魔物退治を生業にしている黒衣の剣士。ある方面では、それなりに有名になりつつある期待のルーキー。男は、こう呼ばれていた。『影の魔法使い』と。 影は彼の容姿を指して風刺しているに過ぎない。黒衣の外套。黒い髪。黒い瞳。盛大な黒尽くしの彼の姿は影に溶けるようで。魔法使いは彼の体質を表していた。と同時に、皮肉にも彼を風刺している。 剣を用いて戦うはずの剣士が魔法を頼りに任務をこなす姿を、彼の形式と侮蔑して皆は魔法使いと呼び、彼もまた魔法使いと呼ばれることに違和感を覚えなかった。 では何故、彼は魔法使いを名乗らないのか。それは彼にしか分からない。もしかすると、彼にも分からないのかもしれない。  
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