嵐の前の凪のような

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彼は肩から提げたフードサックから真っ赤な果実を取り出すと、店先の若い女将の手に優しく乗せる。 これはなんだい、女将は怪訝な顔をして匂いを嗅いでみたり、果実を指で突いて感触を確かめたりして、彼の顔を見上げる。 「隣の国ではポピュラーな食べ物らしい。リンコー? りんごう? とりあえずなんかそんな名前の果物で。解熱作用があるらしいから擦り下ろして液状にして飲ませてやりなよ」 彼は重そうなフードサックをひょいと背負うと、若い女将に別れを告げる。所々が綻んで使い込まれたフードサックがミシリと音を立てて、今にもちぎれそうな感じがした。  
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