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Ⅰ
音も立てずに降る雨は、しっとりと確実に、シャツに靴にしみこんでく。
だけど、それを顧みる余裕もなく、走り続けて、やっと辿り着いた目的地。
細かい雨粒の向こうに、ありこさんが見えた。
そして、彼女の隣に、日下部さんの姿を認めた瞬間。
自分の後ろめたさや罪悪感なんて、全部吹っ飛んだ。
「ありこっ」
いつもと違う呼び方で呼んだのは。
僕の独占欲以外のなにものでもない。
「穂積っ」
僕に向けられた視線も、僕を呼ぶ声にも、ありこさんの疚しさは微塵も感じられなくて。
足元から崩れ落ちそうだった不安が、雨上がりに日の光が、濡れた大地を乾かすように、消えていく。
でも、前に出ようとしたありこさんの身体を、日下部さんがしっかりつかんでた。
簡単には、渡してやれない、って言われてるみたい。
「やっと戻ってきたのか」
日下部さんの視線は僕を鋭く射し続ける。
「一体なにやってたんだオマエ」
僕がいちばん訊かれたくないことを、日下部さんは当然の権利のように訊ねてきた。
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