第一章 零・本能連鎖

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 孤城匠(こじょうたくみ)は四階建てマンションの屋上にいた。寒空残る春の夜。眼下には帰宅を急ぐサラリーマンの群れがいた。  孤城匠は冷めた視線で、彼らを見る。文字通り、見下(みおろ)して見下(みくだ)していた。  孤城匠の父親はサラリーマンだった。未塾学園内にある中小企業に勤める、毎朝満員電車に揺られて職場に赴き、いつリストラを喰らうか分からない安定しつつ不安定な極一般的なサラリーマンだった。  残業なんか当たり前で。休みの日は一日中寝っぱなし。どこかに連れていってもらえた思い出なんかなかった。  孤城匠が寝るまでに帰ってこられる日は稀だった。そして、たまに早く帰宅した日はテレビを見ながら酒を飲む。  孤城匠の話し相手は、いつも母だった。  小学校、中学校、高校の頃に芽生えた悩みや疑問、それら全てを母に打ち明けた。母はいつも笑顔で、そして孤城匠に哀しいことがあれば一緒に哀しむ。母親としての鏡にも思えた。  父は真面目に、コツコツと働き続けた。オフィスワークに営業。疲れて、だけど家族を養うために休めない父はずっとずっとボロボロだった。  きっとこの頃は、まだ歯車が廻っていたのだろう。(いびつ)に歪んでも、何とか全壊することなく、ギリギリ踏み止まっていたのだろう。  全てが、壊れてしまったのは、孤城匠の大学受験が成功した後だった。
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