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杏は黙ったままビールを飲んだ。
杏の体から漂ってくる、甘ったるい匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。
「ところで、あなたもシャワーを浴びてきたら?」
杏が言った。
「それよりも、どうしてこんなところに僕を連れてきたのか、教えてくれないか?」
「こんなところって、ラブホテルのこと?」
杏の問いに、僕は黙って頷いた。
「ねえ、私はあなたともう少し話をしたかっただけなの。ただ、それだけよ。それにね、ラブホテルだって立派なホテルなのよ。見ての通り、眠るのに十分すぎるほどのベッドだってある。会社の冷たいソファで寝るよりはずっとましでしょう? 一夜を明かすためだけにラブホテルを利用する人なんていくらでもいるのよ。知らないの?」
「知っているよ」
僕は答えた。
だけど、世間の人々はそんな風には思ってくれない。
しかし僕はそのことを口には出さなかった。
僕がそんなことを言ったって、何にもならないことくらいわかっているからだ。
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