第八章

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「受験することすら許されなかったの」 杏は答えた。 「どうして?」 「私が東京なんかに行ったら、生活費だとか、家賃だとか、いろんな仕送りが必要になるでしょ。それに東京は物価も高いし。とにかく、私の両親にはそういった諸々の費用を捻出することがどうしてもできなかったの。それで、私は仕方なく、地元の国立大学を受験することになったの。それでも、旧帝大の一つだったから、世間から見れば十分だったのかもしれない。だけど、私には納得がいかなかった。それでも、納得するよりほかは無かった。そして、私は高校を卒業して、地元の大学の法学部に入学した。私より成績の悪かった奴らが東大に入学していくのを横目で見ながら。そして、私が一度も勝つことができなかった彼女が東大に入学していくのを羨ましく思いながら」 杏は話を切ると、ふたたびベッドを出て、タバコを吸い始めた。 杏は僕にもタバコを勧めたけれど、僕はタバコを吸いたい気分ではなかったので断った。 多分、普段吸いなれないメンソールのタバコなんか吸ったせいだ。
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