第八章

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だけど、僕にできるのはそこまでだった。 僕には彼女を抱くだけの勇気がない。 たとえ、彼女がそれを求めていたのだとしても、僕はここより先に進むことはできないのだ。 妻に対する罪悪感とか、負い目とか、そういった感情ではなく、彼女を抱くことによって、僕は僕が今いる場所に戻ってくることができないような気がしていた。 物理的な話ではなくて、精神的な問題だ。 彼女を抱いてしまうと、僕の前にはまったく違った世界が広がるような気がした。 それが、どんな世界なのかは僕にはわからない。 今よりも素晴らしい世界なのか、そうでないのか、僕にはわからない。 どちらにしても、僕はその世界に踏み込むだけの勇気がなかった。 そして、僕が今いるこの世界に戻ってくることができないということが、僕をひどく不安にさせた。
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