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少年は、口の端についた血をシャツで拭(ヌグ)い、血の混じった唾(ツバ)を吐いた。
その日は、機嫌が悪かった。
特に理由はないが、苛々していたのだ。
しかもそんな時に限って奴らは突っかかってきた。
何とも運の悪い。
もちろん、返り討ちにしてやった。
5人全員、だ。
俺に勝てるわけないのだ、あんな雑魚。
上級生だかなんだか知らないが、そんなのに俺が負けるわけない。
地面に転がった5人の男を見渡すと、俺はその場を後にした。
まだ人もまばらな学校を出、来た道を戻る。
通行人のサラリーマンや一般人は、みな不思議そうに俺をちらりと見ていくが、俺が一つ視線を返せば、慌ててその目を反らしていく。
そりゃそうだ。
ズボンや髪こそまともだが、ブレザーもシャツも着崩し、挙げ句口は切れ、明らかに喧嘩した後であろう様子がありありと目に浮かぶやつなんかに見られたら、それこそたまったもんじゃない。
学校とは正反対の道を行きながら、俺は行くあてもなくただゆっくりと、歩を進めていた。
やがて同じ学校の生徒らしき制服もちらほらと見られ、そしてその中に1人の少女を見つけた。
寒そうに両手をコートのポケットに入れた、セミロングの黒髪の少女を。
切り揃えられた前髪から覗く目はとても澄んでいて、その綺麗な目と合うような白い肌に、整った顔立ち。
そして女の子らしい、小柄で華奢な体。
俺は歩みを止めないままに、彼女を横目に見やった。
しかし彼女は久我の存在には気づいておらず、ただただ寒そうに縮こまっているばかり。
それでいい。
久我は、彼女から視線を外すと、俯(ウツム)き加減に歩みを早めた。
気づかなくていい。
自分はただ、見守るだけ。
見ているだけでいい。
それだけで、いいんだ。
そして彼は、自分にも聞こえないほどの小さな声で、呟いた。
『生きているなら、それだけでいい』
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