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「そういえば昨日、放課後どこにいたの?」
コートを掛けた後机に戻ると、私の前の席に座った知ちゃんが、こちらを向きながらそう聞いてきた。
「“どこ”って?」
逆に問いかけると、知ちゃんは少し迷うような素振りを見せる。
「えっと…志乃さ、昨日帰ったのすごく早かったじゃない?だから、何か用事あったのかなって…。」
ストレートの長い黒髪をいじりながら、何もない風を装い私は淡々とそう告げた。
自分に何も告げず、先に帰ってしまった志乃に対して、私はちょっとだけ寂しさを感じていた。
“友人だから当たり前”
なんて押し付けがましいことは言わない。
けれど、いつもなら何か一言言ってくれていたから、なんだか置き去りにされたような気がして、だから志乃のその逃(ノガ)しが悲しかった。
言ってくれることが当然と思ってしまった時点で、すでに烏滸(オコ)がましいのかもしれないが。
けれど、志乃はそんな私の心も知らずに、人のいい笑みを浮かべて、言った。
「あ、ごめんね、先帰るって伝えるの忘れちゃって…。あのね、昨日お兄ちゃんが今日早く帰れるから一緒に晩ご飯食べようって言ってくれてて。だから、早く帰ったの。」
嘘偽りのない柔らかな表情で、志乃はとても嬉しそうにそう語った。
兄と食事…。
そういえば、志乃の兄というのは確か、彼女とは義理の兄妹だったはず。
中学の頃一度だけ会ったことがあるが、見た目的にはヤクザか不良にでも肩入れしているように見えた。
そんな彼が妹と一緒に食事なんて…。
改心でもしたのだろうか?
記憶のなかの志乃の兄を思いおこした私は、彼のことを聞こうとした。
しかしそれは深入りしすぎだろうと、踏みとどまる。
代わりに、用意しておいた違う問いかけを聞いた。
「楽しかった?」
それに対する志乃の答えは、即答だった。
「うん!」
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