蹉跌

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1978年4月 現場  列車は花曇りの海の灰色を嘗めながら走っていた。 なぜか頭の中には、ジョルジュ ムスタキの私の孤独が流れていて、丸尾はアンニュイな快感を味わっていた。  夕方の常磐線富岡駅に、特急ひたちは定刻通り到着した。  特急停車駅と言っても駅前には商店すらほとんどない。  ただ、ソメイヨシノの古木が何本か花吹雪で丸尾を迎えてくれた。 地図によるとこの駅から東京方向に少し戻ったところに、宿舎である旅館があるはずだった。  しかし、それらしい建物は見られなかった。  仕方なく、一車線の簡易舗装の道を歩き始める。やはり一本の桜の古木があり、それを回り込む形で、カーブすると、モルタル塗りの商人宿が、姿を現した。 「学徒援護会から紹介されてきました丸尾満です。U土地調査の方はおられますか」  まじめに挨拶すると、旅館の女性は怪訝そうな顔をした。  そこに作業服の男が通りかかり、 「お、バイトか? 部屋は201だ。一人部屋だぞ。とりあえず、荷物を置いて、食堂に来い。」 「丸尾満です。よろしくお願いします」  実はバイトの内容も詳しくは聞かされてなかった。  どうやら地質調査だということは判っていたので、井戸か温泉のボーリング調査ぐらいに考えていた。  海は近いらしい。だが、二階の窓から見えるのは農地と、雑木林。  それらがすべて灰色に染まって見える。花曇り、ソメイヨシノすら灰色に見える。  食堂に行くと、ビールを飲みながら、麻雀が始まっていた。
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