蹉跌

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 M大学四号館。  かつての工学部の校舎だった。神奈川県の生田に工学部が移転してからは、サークルがなだれ込み、閉鎖された学生会館に代わる学生の自由活動の場になっている。四自委という、自治会は三つほどのセクトとノンセクトが平和に運営していた。  コンミューンの元に広がった実現されたアナーキズム空間。それは、丸尾が高校時代から夢に見た場所でもあった。  久々に顔を出したのは講義だけではない。一応所属するサークルは一階の入ってすぐの場所にあった。  ベニヤ板のドアを開けると、牧村と中根がいた。 「久しぶりやん」  出身地不詳だが、やたらと三重の訛りで話す牧村が、ビラを一枚よこした。丸尾は勝手にテーブル上のネスカフェを振りながら、ガリ版刷りの角ばった文字に目を走らせた。  コーヒーの粉末がサラサラに分解するのと同調するように刈羽村へ起て!!の意味が頭に入り込んできた。  新潟県で年内にも着工されようという原発のことだった。  確か、学生寮のノンセクトの後輩が、荒浜火力の反対運動で援農に行っているはずだった。 「柏崎か。旨い魚が食えて日本酒がつくなら行ってもいいな。って、これは現地ではなくて、都内のデモかい」 「現地の援農はうちも参加したいんやが」 「日曜の宮下公園から日比谷公園か。どれくらいの動員かなぁ」 「今回は市民団体などの後につく形で、二千人くらいだと思う。セクトはブント諸派だけやないか」 「出るよ、月曜からバイトで福島へ行くことになったから、パクられんようにしないと」 「丸尾はまだパクられたことないからなぁ」  核兵器の素材としてのプルトニウム製造工場として原発を位置づけた反対運動としてこの小さなセクトは参加する。  米国の帝国主義の先兵としての日本。そういう位置づけだ。  ブント赤ヘル戦旗派の小さな分派として存在する、僅か十二人のセクト。まるでいしいひさいちのバイトくんに出てくる安下宿共闘会議並みの規模だ。しかし、ちゃんと組織化された大セクトでは、丸尾には窮屈すぎて三日と持たないことは明らかだった。  壁にぶら下がった幾つかのヘルメット。  日共がトロ字と呼ぶ角文字で、反帝学戦と書かれている。  赤に白文字。しかし、牧村も中根もすでに三十代、学籍があるのかどうかも定かではない。
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