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「だってそれは……あなたが、悪い猿に見えないんですもの。」
「……!」
「それに、わたし、初めてあなたに会った時から、あなたの事が忘れられないんです。ふふ……不思議ですよね。」
そう言って蟹さんは、話を始めた。
「あなたから種をもらって、大切に育てました……水をあげる度にあなたの顔が浮かびました。また会えないかなぁって…そう思ってました。
そしたら、本当にあなたに会えた…!あなたが来てくれた!!わたし、とても嬉しかった……そして、わたしがけがをしてしまったら、あなた…またわたしの所に来てくれたわ。
だから今度は私があなたに会いに行く番だって……そう思ったの。」
───初めてだった。
俺は今までずっと一人で生きてきた。
仲間を作らず、誰とも馴れ合わず。
だから、誰かに優しくされるのも、自分の事を誰かがこんなに思ってくれるのも、初めての経験だった。
だからなのだろう。
こんなにも胸が熱いのは。
こんなにも、彼女が愛おしいのは。
「だからこれは、わたしからの恩返しでもあるんです。」
「蟹さん……」
俺は泣いていた。込み上げる感情が、涙となって流れ落ちる。
嬉しくて、悔しくて、愛おしくて。俺の涙は止まらなかった。
「お腹が空いたでしょう?さあ、これを食べて下さい。」
差し出されたのは、おにぎりだった。蟹さんの体の半分程もあろうかという、大きなおにぎりだった。
俺はおにぎりを受け取り、夢中でほうばった。いつかと同じように。けれど、あの時とは味が違った。
一口噛み締める度に、温かい味が体中に広がり、心が満たされていった。
そして少しだけ、しょっぱかった。
「すいません蟹さん。こんなにしてもらって……恩返しするのは、俺の方なのに……」
「……謝る事ないわ。それに……これから、すればいいじゃない。」
「え……?」
「一生は長いんだから。まだまだ沢山時間はあるわ。だからこれから……沢山恩返し、してください。」
「!………蟹さん!俺!!一生っ!かけっ……て!あなたに、恩返し!するから………っだから、ずっと…!」
嗚咽混じりで、ほとんど言葉になっていなかった。
「はい……!よろしくお願いしますね、猿さん。」
それでも、彼女は笑顔で応えてくれた。
俺の生涯で、初めて大切な存在が出来た。
彼女の笑顔を守る為に、俺も笑顔になろうと、心に誓った。
─END─
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