猿蟹合戦

15/15
前へ
/15ページ
次へ
「だってそれは……あなたが、悪い猿に見えないんですもの。」 「……!」 「それに、わたし、初めてあなたに会った時から、あなたの事が忘れられないんです。ふふ……不思議ですよね。」 そう言って蟹さんは、話を始めた。 「あなたから種をもらって、大切に育てました……水をあげる度にあなたの顔が浮かびました。また会えないかなぁって…そう思ってました。 そしたら、本当にあなたに会えた…!あなたが来てくれた!!わたし、とても嬉しかった……そして、わたしがけがをしてしまったら、あなた…またわたしの所に来てくれたわ。 だから今度は私があなたに会いに行く番だって……そう思ったの。」 ───初めてだった。 俺は今までずっと一人で生きてきた。 仲間を作らず、誰とも馴れ合わず。 だから、誰かに優しくされるのも、自分の事を誰かがこんなに思ってくれるのも、初めての経験だった。 だからなのだろう。 こんなにも胸が熱いのは。 こんなにも、彼女が愛おしいのは。 「だからこれは、わたしからの恩返しでもあるんです。」 「蟹さん……」 俺は泣いていた。込み上げる感情が、涙となって流れ落ちる。 嬉しくて、悔しくて、愛おしくて。俺の涙は止まらなかった。 「お腹が空いたでしょう?さあ、これを食べて下さい。」 差し出されたのは、おにぎりだった。蟹さんの体の半分程もあろうかという、大きなおにぎりだった。 俺はおにぎりを受け取り、夢中でほうばった。いつかと同じように。けれど、あの時とは味が違った。 一口噛み締める度に、温かい味が体中に広がり、心が満たされていった。 そして少しだけ、しょっぱかった。 「すいません蟹さん。こんなにしてもらって……恩返しするのは、俺の方なのに……」 「……謝る事ないわ。それに……これから、すればいいじゃない。」 「え……?」 「一生は長いんだから。まだまだ沢山時間はあるわ。だからこれから……沢山恩返し、してください。」 「!………蟹さん!俺!!一生っ!かけっ……て!あなたに、恩返し!するから………っだから、ずっと…!」 嗚咽混じりで、ほとんど言葉になっていなかった。 「はい……!よろしくお願いしますね、猿さん。」 それでも、彼女は笑顔で応えてくれた。 俺の生涯で、初めて大切な存在が出来た。 彼女の笑顔を守る為に、俺も笑顔になろうと、心に誓った。 ─END─
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加