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「こりゃ高いな」
ツヅラは高さ二十メートルに及ぶ外壁を見上げて呟いた。どうやって造ったのか見当もつかない。
精霊の村は精霊を祀っているという山の麓に位置した、人口千人ほどの小さな村だ。
村が小さいからといって守りが薄いわけではない。むしろ逆だ。
村を外敵から守る、高く堅固な外壁。唯一の出入り口である正門には交代制で二十四時間監視の目がある。
異常といってもいい守りの固さ。村が内向性だということの裏返しだった。
よって穏便に村に入るルートは二つ。
商人として正門から入るか、外壁をよじ登るか。
後者が成功した例を、ツヅラは聞いたことがなかった。
「きつそうだが、登るねえだろ」
ツヅラが商人でない以上、取る方法は一つしかなかった。幸いなことに外壁の周囲の見回りはない。
自信の表れか、それとも怠慢か。おそらく前者であろう。
外壁は石を加工して積み上げたにしては継ぎ目がまるでなかった。手や足ををかけるだけの隙間すら見当たらない。
だがそれも想定の範囲内。ツヅラは腰にベルトのように巻いていたロープを取り外す。
そのロープの先端には鉤爪がついていた。
ツヅラはロープを鉤爪が円を描くように回す。十分に速度をつけてから、外壁の頂上に向けて放った。
ロープを強く引いてみる。確かな手応えが返ってきた。鉤爪が上手く噛み合っている証拠だ。
ロープを登る。
足をかける場所がなく、ほぼ腕力のみで登って行く。その姿に危うさは見受けられない。
ツヅラは数分もかからず壁を登りきった。
「…………」
ツヅラは息一つ乱れず、疲れた様子もない。この程度の運動なら苦でもなかった。
外壁から村の様子を窺(うかが)う。どうやら気付かれた様子はない。
ツヅラは幅二メートルはある外壁の頂上に腰かけて一息ついた。
ちょうど夕陽が輝いて。
夕陽は周囲を温かみのある橙色に染め上げていた。しかしツヅラの直上はいまだ青空で、夕陽にまで続く七色ができていた。
虹とはまた違う美しさ。
綺麗だ。ツヅラは素直にそう思った。
世界には色が満ちている。まだまだ捨てたものじゃない。
ツヅラはそのまま夜が更けるのを待った。
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