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風が吹きすさぶ。
高い建物に囲まれたオフィス街の路地には、何度も壁に跳ね返った事によって勢いが付いた冷たい夜風が巻き起こり、そこに佇んでいた人物の黒髪を揺らす。
身につけている細身の黒いコートもバタバタと激しくはためいていた。
スモークフィルターを張り、外側からは目元部分が見えないようになっている無骨なゴーグル越しに黒髪の人物は夜空を見上げる。
正確には夜空ではなく、どの建物よりも抜きん出て高い建築物の中腹を。その中腹は、辺りの高層ビルの最上階よりずっと高い位置。
あまりに高すぎてぼんやりと明かりが点いた場所があるのがわかる程度。
階数もわからない。それが窓からもれる明かりなのか、それとも航空機に建物の存在を知らせるランプなのかも。
世界中の科学の粋が集められた研究所。生体科学も、機械科学も。
科学という科学がこの建物に集中し、日夜研究されている。
世界が輝かしい未来に向かう為の研究が行われている場所。
それを見上げ、黒髪の人物は口元を綻ばせる。口角を軽く上げた笑い方は、不敵とも、歓喜ともとれる笑み。
「やっと、一つ果たせる」
一人呟き、口元しか見えなくともその笑みには人を魅了させるような力があったが、生憎この路地には黒髪の人物その人しかいない。
巻き上がるビル風をものともせず、黒髪の人物はコートのポケットから携帯電話を取り出すと、素早くアドレスを開く。
見知ったアドレスを開き、そのアドレスをコールする。誰も出ない事はわかっていた。
不用意に出るのは身の危険を上げるのみ。
三コール鳴らしたのち、電話を切る。
仲間への決行の合図を送り、黒髪の人物は携帯電話を近くの下水の排水溝に放る。
転落防止の網を携帯電話が擦り抜けようとした瞬間、黒髪の人物は自分の首元に素早く指先を走らせた。
コートの隙間から赤い光りが一瞬漏れ、走らせた指先にその光りが移り、赤い軌跡が指の動きに合わせ残る。
指先が落ちて行く携帯電話を指すと、指先から光は離れて一粒の光球になって携帯電話を撃ち抜いた。
夜闇の中、撃ち抜かれた携帯電話は一瞬で激しい炎に包まれる。
辺りが炎の明かりに照らされる前に、炎に包まれた電話は下水に吸い込まれていった。
電話が下水に着水し、火が消えた時には熱によって溶かされてしまい、元が何かわからない固まりになっていた。
黒髪の人物も路地から消えていた。
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