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今日も何時も通りの検査が終わる。
それは幼い頃に此処に連れてこられて以来、変わることの無い日常。
白い建物の中、僅かばかりにある色彩は人それぞれが纏う色彩と、僅かな陰影。
採血があった為、腕に小さなガーゼを当てて少女は部屋に入った。
少女の部屋として宛がわれた部屋はほぼ白い色しかない部屋だった。
白以外の他の色彩は少女が持つ肌の色と肩まで伸びた艶やかな蜂蜜色の金髪と薄い青灰色の、灰色味が強い大きな瞳。
それと小柄で華奢な体躯から異彩を放つ、引き攣った縫合痕を残した生体義足である血色がすこぶる悪い右足の薄紫色。
部屋にはそれ以外の色らしい色は白しかなかった。
部屋には必要最低限の家具と学術的な書物とほんの数冊の古びた小説。
十六歳になる少女の部屋にしては無機質で殺風景な部屋。
その年頃なら持っていておかしくないインテリアも小物も、なにも無い。
備え付けられた無機質なクローゼットに入っている物は着替えとは名ばかりの簡素な白い服ばかり。
物心が漸く(ようやく)付いたぐらいの幼い頃から此処で寝起きをしていた少女は、僅かな違和感にすぐに気が付いた。
監視の為に天井の隅に付けられていたカメラが無い。何年もの間、二十四時間始終少女を監視し続けていた監視カメラが、幾本かのコードを残して天井から忽然(こつぜん)と姿を消していた。
その事態に驚き、少女は室内を見回し息を飲み込む。
見た事のない人間が、天井から引きちぎったらしいカメラを持ってベッドに腰掛けてこちらを見つめていた。
「こんばんわ」
低いテナーボイスで、その人間は少女に声を掛けてきた。
大きなゴーグルを掛けている為顔はわからない。
しかし、目元以外は現れており、見える口角は緩やかに上がっていて微笑んでいるのだとわかった。
この場所で、初めて見る人間はいつも少女に得体の知れない恐怖を与えてくる。
無意識に後退ると、ベッドに腰掛けたその人間は小さく息を吐いた。
「恐がらなくていい、何も恐い事はしないから」
「………誰ッ?」
見知らぬ男だ。整った漆黒の髪が見える。着ている物も黒いコートに、黒いブーツ。
カメラを持つ手にも黒いレザーグローブをはめている。
コートの下から見え隠れしている衣服はこの建物には合わない身体を動かしやすいような服装だ。
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