うららかな春

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うららかな春

 私達は行きつけのバーでグラスを交わし、ゆったりと流れる時に身を委ねていた。  香菜と春に会うのは成人式以来だから……3年振りだろうか。  まぁその間の空白など特に気にも留めていない。小学校の時にそうしたように、10年近く経った今も、3人で集まって、下らないことを喋り、笑い合う。  変わったことと言えば、お喋りのつまみがお菓子からアルコールになったくらいだろう。  私達は、あの時と何も変わっていない。 「でさ、麗。結局どうなのよ。登くんとは、さ」  ニヤリと笑いながら香菜が私に抱きついてくる。 「ま、まだ、何も……」 「まだって……あんた、中学高校就職先まで登くんについていって、まだ何もないの?」  香菜が私の背中に埋めていた顔を上げ、呆れたように口を半開きにする。 「麗は、香菜と違ってお淑やかだからね」 「な、何よ、それ私が煩くて面倒な女みたいじゃない!」  メガネが良く似合っている春の毒舌に、香菜はすぐ反応する。 「まぁいいや。春に言い返しても勝てっこないし」 「そうそう。何せ、小説家だもんね」  私がそう言うと、春は飲んでいたカシスオレンジを吹き出しそうになったが、やがて苦悶の表情を浮かべながらも何とか飲み込み、慌てて口を開いた。 「小説家なんて、まだ私はそんな!」 「またまたぁ~」  私と香菜は、目を合わせて笑い合う。 「ちょっと、もう……」  そして、それを見て拗ねたようにそっぽを向く春。 「やっぱり……皆、変わらないね」  私は、ハウスワインの入ったグラスを何となく見つめながら、呟いた。  私達は小学校の同級生だ。  中学からは、成績のいい春は有名私立校へ、香菜は地元の学校へ、そして私は登くんの志望していた私立校へと、別れてしまったが。  春は、大学までエスカレーター式に進学し、在学中に執筆した恋愛小説『君と夜と涙』でデビューを果たした。  香菜は、中卒ですぐに就職したが、不況の波にのまれて今は転々と職を変えている。  そして私は、小学校の時から想いを寄せている登くんの進路を辿り、現在は登くんの勤める保険会社で所謂OLをやっている。  それぞれ異なった人生ではあるが、原点は1つ。  性格も全然違う私達だけど、妙な結束感があって、仲は非常に良かった。
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