いただきます

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「基本訓練の一部に組み込まれていて、学びました。 "近年は国が安定しているから、礼儀正しく無骨な兵士だけではダメだ" 軍部の上の方が、教育担当のロドリー・マインド中将が言ったとかで、マナーも座学に取り込まれる事になりました。 実際に、訓練に組み込まれたのは自分達からが、初めてだそうです」 2c861353-a2e8-496c-acbe-7a68f788d73a 覚えている範囲で、アルスは幼い同僚とウサギの上司に説明しながら、自分の席に腰掛けます。 ふんふん、と軽く小さな逆三角形の鼻をピクピクとさせ、ウサギの賢者はアルスの話を長い耳で聞き取ります。 その様子は人間で言うなれば、軽く眉間にシワを寄せているように、アルスには思えました。 (ウサギの賢者殿って、堅苦しい事が苦手(・・)じゃなくて、嫌い(・・)なのかな?) アルスがそんな事を考えていると、ウサギの賢者は気持ちを切り替えるように夕食の説明を始めてくれました。 「まあいいや、せっかくのご飯が冷める前に頂こうか。 今日は、ワシの好みで"ドリア"にしてみたんだが、アルス君、チーズは大丈夫かね?」 芳ばしいチーズが焼ける香りが先ほどから、キッチンから食堂に風に乗って届いてきます。 「はい。チーズは好きなんで嬉しいです。ただ"ドリア"っていうのは初めてですね。名前も初めて自分は聞きました」  素直に分からないというアルスに、料理が担当のリリィが進んで説明を始めてくれました。 「グラタンのマカロニが、ライスになったみたいな感じ。 今日は賢者さまが手伝ってくださってるから、美味しいはずよ。 アルスくん、ライスは知ってるかしら?」 "兵士"にはツンとした態度のリリィですが、この様子をみると、基本的には世話焼きな優しい少女なのだとアルスには伝わってきます。 (もしかしたらリリィは何か、前に兵士に関して嫌な目にでもあったのかもしれないな) 折角説明してくれているので、アルスもライスの会話に真摯に耳を傾けました。 「確か農業で、最近流行っている穀物だよね。基本訓練の中でも食べた事あるけど、炊いたライスはさっぱりしていて美味しかった」 リリィとアルスの会話に、ウサギの賢者は円らな眼を細めて上機嫌で聞いています。 「うん、リリィ、アルス君。楽しい会話はワシも大歓迎だけれども、まずは食事の挨拶をしてから、話の続きをしようか」 そういってお手本をしますように、2人の部下にフワフワな両手を合わせて見せます。 「はい、賢者さま」 「あっ、はい」 と元気の良い返事と、少しだけ恐縮した返事を2つ聞いて、ウサギの満足そうに頷きました。 そして、ウサギの賢者が代表して言葉をかけます。 「いただきます」 「いただきます」 「いただきます」 と1匹と2人の声が食堂に響いて、ある程度食事が進んだ後に、ウサギの賢者が今回の夕食の制作に関する内訳の説明を、始めました。 「ミネストローネとフルーツサラダは、リリィがほとんど作ってくれたんだよ。ワシも味見しているから、不味くはないだろうけれど、アルス君の口にあうかな?」 賢者が新入りである、アルスに味付けについて尋ねます。 「えっと、そうですね」 リリィは無言で食事しながらも、夕食の出来栄えの反応を、気にしているのがアルスにもよくわかりました。 (不味くはないけど、ミネストローネは、もう少し濃い方味が美味しく思うって、正直に言った方がいいかな?。 フルーツのサラダはほんのり甘くてとても良いし、自分好み。これからの事もあるし、悪い言葉ではないから、正直に言おう) アルスほんの少し逡巡して、リリィとウサギの賢者を順に見つめてから、素直な感想を述べました。 「やっぱり体を動かしている兵士さんには、もう少し濃い味が良かったのかしら?」 リリィは、自分でもミネストローネを一口含みながら、アルスの意見に、特に不満はないようでした。 「うん、それはあるかもね~」 ウサギの賢者も、そこは同意見らしく、アルスはアルスで、自分の発言に小さな同僚が、嫌な思いをしなかった事に安堵し、思わず笑ってしまっていました。 「ところでアルス君、食事の量の方は、これくらいで足りているかい?」 c93b78ba-300d-48d3-bb53-ff431a6f3534 ウサギの賢者が器用に体毛を汚すことなく、ミネストローネを啜った後、尋ねました。 「今日は体をあまり動かしていませんから、大丈夫です」 そう応えるアルスの食事は、八割方終わろうとしていました。 「もっと、ゆっくり噛んで食べないと体に悪くないですか?」 ウサギの賢者からそう教育されている少女は、造りの良い眉を顰めながら、アルスに向かってその強気な目元に少しだけ緊張を滲ませて意見をしました。 「リリィ、"兵士は早飯"なのも仕事のうちなんだよ。まあよく噛んだ方がいいのは、確かだけれどね」 するとそこに入るのは耳の長い上司となり、アルスとリリィの両方の面子を潰さないように、それとなく取りなしました。 「とは言っても今は、何より食べ盛りの時期じゃないかなぁ。アルス君は、17才だったかな?」 「はい、夏の季節に入ったなら、直ぐに18になります」 ウサギの賢者の質問に、アルスはドリアの最後の一口を美味しそうに食べ終えた後、明瞭に答えました。 「で、ホントに食事は足りているかい?」 こちらは残り少ないドリアを頬張りながら、もう一度確認されたので、どうやら賢者には、育ち盛りの燃費具合を見抜いている様で、アルスは観念して正直に答える事にしました。 「もし、夜勤とかある場合は、夜食を頂けたら有り難いと思います。あと、おかわりをする時もあるかもしれません」 「うむ、了解したそうしよう。リリィ、これからは、おかわりがあったり、夜食があったりするかもしれないから、それでお願いするよ」 ウサギの賢者が口角をニュッと上に上げて、ウサギながらも笑顔になるのがアルスにもわかりました。 リリィは笑顔になった賢者が見れてたことが嬉しくて、こちらも笑顔で返事をします。 「はーい」 「フフっ、あとはキライな野菜も、残さず食べようね」 少しだけ不貞不貞しい感じの笑みに切り替えて、ウサギの賢者がリリィのミネストローネの器をチラリと見てから、釘をさします。 アルスも思わずリリィの器を見ると、セロリだけが見事にスープの中に浮かんでいて、見詰められて、少女は少しバツが悪そうに頬を膨らませていました。 08dfe2a3-ad35-4e07-af60-7680d006a6e1
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