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「セ、セロリは香りがキツいから、苦手なんです」
確り者に見える少女の拗ねたような言い方が、可愛らしくて、アルスは思わず妹を見るような気持ちで優しく微笑えみます。
しかし、それを"笑われた"と勘違いとはやとちりをした、強気な女の子は、セロリばかりが残るミネストローネの器と、スープ用のスプーンをテーブルに置いて、ギュッと目をつぶり
「えいっ!」
とかけ声を上げて残りを飲み干し、残りを全て平らげてしまいました。
同僚が空色の瞳を丸くし、様子を眺めていると、スープを何とか飲み終えた少女は、側にあったコップの水を一気飲み干します。
「何も、そんなやけくそみたいになって、食べなくても、誰だって好き嫌いはあるし、その大丈夫だよ……あ、お水足しておくね」
今度は苦笑いを浮かべながら、飲みほした為に空になったコップに、そんな事を言いながら水をお代わりなるものをアルスは注ぎ足してあげました。
一方リリィは、苦手な野菜のスープを一度に大量に飲み込んだ事で、反応もそちらの方で手一杯となりました。
「だづで、ばな゛に゛の゛ごる゛に゛お゛い゛だめ゛な゛ん゛だも゛ん゛」
"だって、鼻に残る匂いダメなんだもん"
と鼻声になりながらも、苦手な理由を新しくやってきた同僚に行ないます。
「アレルギーでもない限り、食べ物を粗末にしない"がこの魔法屋敷のモットーだから、アルス君も覚悟するよう」
ウサギの賢者は、引き続きちょっと人(ウサギ?)の悪い、不貞不貞しい笑みを浮かべていました。
「自分は余程ゲテモノじゃない限り、大丈夫と思いますが」
アルスは兵士のサバイバル訓練で、蛇やら草やら食べさせられているし、平素の暮らしでもそんなに食わず嫌いがないつもりでした。
しかし、ウサギの賢者の"ゲテモノの好き"具合がわからないので、下手な事は言うまいとアルスは心に決めます。
「じゃあ、虫とか」
そして決めた次の間にはウサギの賢者が、早速といった具合に肉球と堅い爪がついた人差し指をピンと伸ばして、良い顔をしながら、部下2人に尋ねます。
「止めて下さい」
「止めて下さい」
アルスとリリィが、見事に調子を合わせて、真顔で"止める"。
「ワシ、イナゴの佃煮とか虫の珍味が大好きなんだけどなぁ」
敢え無く虫料理を拒絶されて、さも残念そうにウサギの賢者が無念を語ります。
しかも自分の"ウサギの顔"の使い方がわかっている様子で、偉く可愛らしく円らな瞳を潤々とさせ始めました。
如何にも憐れっぽく、長い耳を曲げ、上目遣いが責めて来ていて、アルスの心は少々揺れました。
「賢者さま、おかしいです。普通虫は、飼って観察して可愛がるものです」
だが"新人兵士"の先輩であり、ウサギの賢者と付き合いの長い、虫料理が心の底から大嫌いなリリィには通用しません。
"本当に、食卓にイナゴの佃煮が並べられたらかなわない"と、少女は必死で抵抗を続けています。
「"食べたい程大好き"ってのは、おかしいかなぁ」
リリィから、"絶対イヤ"と言う視線を受けてから、先ほど心が揺らいだのを見抜かれていたのか、ウサギの賢者は、更につぶらな瞳を潤ませながら、アルスを見つめます。
「自分も、訓練や命令でないかぎりは、ご遠慮願います」
"ウサギの可愛さ"というものはどうやら新人兵士には、通用しないらしい。
そして何よりも、出来たばかり年下の同僚から"絶対イヤ!"の強い視線を受けて、板挟みにアルスは苦笑いを浮かべ、無難な断りを言くちにします。
「命令だって、理不尽なら断って良いと仰ったのは賢者さまです!」
食卓に虫の佃煮を並ばせまいと、大変な恩があるであろうウサギの賢者相手にも秘書の少女の抵抗は続きます。
ただ悲しそうなウサギの賢者の様子が、元来気の優しいアルスにはやはり気の毒に感じてしまい、つい励ましのような言葉を口に出してしまいました。
「賢者殿、明日許可が頂けるなら、市場に行きたいのですが。虫じゃありませんが、海藻の佃煮とライスは一緒に食すのは美味しいと聴きましたから、明日買ってきます」
アルスは気が付いたときにがそう言ってしまっていた。
「海苔の佃煮で我慢するか」
アルスの提案を聞いてから、ウサギの賢者は"愛らしく見えるウサギの顔"をあっさり引っ込めた。
どうやら、やはりわかっていて"ウサギの顔"を使っていた様子で、ついでに思い出したようにアルスに向かって話しかけました。
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