いただきます

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「それはそうと、丁度明日リリィと一緒に市場に行って貰おうと思っていたんだ。正直に言って、アルスくんの勤務体制を示す"日勤表"とやらも、国に提出しなきゃならんのだが、ワシ、ちぃ~とも書いてないんだ。 明日は身辺整備品を買うなり、昼に言っていた台車を造る材料なりを買ってきてくれたらありがたい」 ウサギの賢者の言葉に、アルスが驚き、激しく瞬きを繰り返す事になります。 「日勤表の提出期限とか守らないと、始末書ものでないんですか?!」 厳しい教育期間に叩き込まれた、軍律を守る事の大切さを軽くいなすような耳の長い上司の発言に、新人兵士は大いに慌てます。 「どうせどこの部隊も、新兵の日勤表をドバドバ送っているんだ、うちのが一枚遅れても気がつかんよ~」 けれどもウサギの上司はどこ吹く風と、不貞不貞(ふてぶて)しく笑いながら、大変不謹慎な事を"しれっ"と述べてしまいます。 「気にすることないわ、アルスくん。賢者さまは変なところで、上の人と繋がりがあるみたいだから、そういうのは大丈夫みたい」 さらにこの職場唯一の同僚である少女が呆れながら、小さな肩を竦めながらまるで同情をする様いうので、アルスは軽く呆然とする事になりました。 「とりあえず誰も困らない、迷惑かけないズルはしちゃうよ、ワシ」 「はぁ、そうなんですか」 賢者がニヤリと、器用に左側の口角だけを上げて見せると、アルスはどう返事をしたらいいか、考えあぐねている様でした。 そんな落ち着かない様子を見て、ウサギの賢者は"気楽に、気楽に"と新しい部下に声をかけます。 「ちゃんと良心の呵責はウサギの心なりにしているから、アルス君の心配はいらないよ。喉元過ぎれば忘れるさ」 そう言って、ウサギの賢者は食べ終えた食器を片付けを初めて、話を切り上げてしまいました。 「そうですね。とりあえず、明日はそういう"任務"だと考えるようにします」 アルスも"上司の命令"に従い、食器を重ねて片付け始めました。 それに確か日勤表の提出期限は、まだ余裕があったのを思い出し、ウサギの賢者が期限を破ったわけではないと思い直しもします。  2人と1匹が、夕食に使った食器をテーブルの上から片付け始めたならウサギの賢者の魔法屋敷での、"食事に関する仕事の分担"がリリィにより、開始されました。 「朝食や昼食は、私の仕事です。ただ、夕食の食事の準備と、片付けだけは交代制と賢者さまが決められたので、アルスくん、宜しくお願いします」 「はい、わかりました」 アルスは年下の同僚にしても、家事に関してはリリィの方が、スキルや経験は上だと素直に思えるので丁寧に答えます。 丁寧に答えられて、リリィは驚いて思わず瞬きをしてしまいながらも、職場の"先輩"として説明を続けるべく、片付ける食器を抱えて先頭に立ち、台所へと向かいます。 台所へと繋がる扉は、小さな滝が沢山流れているデザインで扉を抜けると、優しい光の魔法の照明が自然に灯りました。 「最初に流しに使った食器を流しに置いて、ポンプから水を出して簡単に汚れを水で流し落とすの。ヨイショッと」 ポンプ式の水道をガチャリとリリィが慣れた様子で漕ぐと、勢いよく水が出て、食器の表面的な汚れはさっと流れ落ちました。 7f581d0e-c658-45be-ba00-e1523ae26a1c 「じゃあ自分がポンプを押して水を流すからリリィは、食器の汚れを流したらいいよ」 「あっ、ありがとう」 アルスには水道のポンプは、リリィが慣れているにしても、力を使って大変そうに見えたので服を濡らさないように上着を脱いで、手頃な場所にかけて、ポンプの柄を握ります。 "兵士は嫌な奴"と、どこか思いこんでいる節のある少女は、気が利くし、優しいアルスの対応に戸惑っているのは目に見えて判りました。 そしてウサギの賢者は何も言わず、円らな目を細め、部下になる2人を後ろから眺めています。 食器を軽く洗い流す作業も2人でしたなら、素早く終わり、リリィが布巾で濡れた小さな手を拭いながら、アルスに次の作業の説明を始めました。 「使った食器は、浸しておいて。食事を作った時、出来てしまった野菜の皮や、うちには滅多に出ないけど、残飯を片付けてから、食器を洗うんです」 そう言ってリリィは、勝手口の方を見つめと、それにつられてアルスも見ると、その先に木の蓋がついたバケツがありました。 「バケツにその日1日の残飯や、野菜くずを入れて、夕食の片付けの時に、中庭に持って行きます」 そう言ってリリィはバケツを手に取り、勝手口から外に出ると外は、夕食開始前に居室から出た頃には僅かにあった灯りもなくて、すっかり暗くなっていました。 ポテポテとウサギの賢者が勝手口に向かいながら、軽く爪を弾くと、中庭の足元の方だけにほんのり明かりが灯ります。 「これからは、アルス君も指を鳴らせば、夜の灯りはつくようにしとこうね」 「あ、ありがとうございます」 バケツを持ったリリィと、ウサギの賢者に続いて、アルスは殿(しんがり)となってに勝手口を出ます。 小さな灯りながらも、確りと足元は照らし出され、中庭へと2人と1匹は向かいました。 中庭に続く道は、細かい砂利を敷き詰められていて、幅もなかなか広く、砂利道を進むと、アルスからすれば小さな公園の様にも見える中庭がひろがり先には別れ道があり、進まない道の先は、更に大きな芝生の広場と繋がっていました。 そちらは灯がないので暗くてよく見えないが、大木とベンチらしきものも見えます。 (凄いなぁ) ウサギの賢者の魔法屋敷の広さと大きさに、アルスは驚きながら、暫く行くと砂利道が終わり、小さな納屋みたいな小屋が見えます。 ac6b3a87-7d31-4ddd-9420-a6e30f90f3ab 小屋の側には水道のポンプと畑があって、その少し離れた場所に、大きな穴が掘られていました。 大きな穴には注意するように、明かりは多く灯されていて、そして穴の横には山盛りの土が盛られてあって、移植ゴテが刺さっています。 「腐葉土を、作ってみてるんです」 リリィはそう言うと穴の中央に、うまい具合にバケツの中身を放り投げたならバケツを置くと、移植ゴテを手にとり土を上からかけました。 「今はまだいいけど、夏場になると腐って匂いやすいから、土は多めにかけてね、アルスくん」 「了解。夏場は多めに土をかけるんだね」 職場の先輩(・・)として、リリィがアルスに説明したなら、確実に意味を理解した事を伝える為に、言ったままをアルスが復唱してみると、少女は満足そうに頷き笑顔となりました。 "同僚"が笑顔になった所で、アルスは1つ疑問に思った事を尋ねてみます。 「ところで、リリィ、訊きたいんだけど、この穴はやっぱり魔法で掘ったの?」 リリィが"当たり前"といった様子で大きく頷きました。 「もちろん。私にはこんな深くまで掘る力はないし、賢者様は―――」 リリィとアルスがタイミングが合ったように、ウサギの賢者を見ると、その賢者殿は、小さな逆三角形の鼻をヒクヒクとさせ、薄目の何ともいえないウサギの顔で "ウサギですが、何か?" と表現しながら、2人の部下を見つめ返していました。 「ウサギだから」 一応、声に出してリリィが言います。 「まあ、今度から腐葉土を作る為の穴は力仕事担当のアルス君が、気張って掘ってくれるし、畑も耕してくれる事だろう」 ウサギの賢者が涼しい顔で、アルスを見上げながら"断言"しました。 「確かに穴掘りは、訓練で慣れてますけどね」 アルスが苦笑し、大きく掘られている穴を眺めて言うが、リリィは意味がわからずキョトンとしてしまいます。 「"兵の訓練は、穴掘りに始まり穴掘りに終わる"って、自分には詳しい意味は分からないけれど、そんな格言が軍にはあるんだよ」 意味がわからないリリィの為に、格言の発生した場所からアルスが説明をおこないます。 「本当にくだらない、ブラックジョークを揶揄した言葉だよ。今の時代には関係ない。リリィ、アルス君、さっ、食器を洗いに戻ろうか」 01f9de63-de51-4112-9fbe-b36457e99652 それはアルスにとっては、初めて耳にするウサギの賢者による"圧"のある発言だった。 "有無は言わさない" アルスの半分にも満たないウサギの体で、圧のある雰囲気を醸し出しながら、賢者は自分からバケツを手に持ち、2人の部下を振り返る事なく、勝手口に真っ直ぐ戻って行きました。
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