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ウサギの賢者から"護衛騎士"の要望が初めてあったこの時、アルスは賢者がウサギの姿をしている事なんて考え及びもしませんでした。
だが、賢者の"人柄"はアルセンから軽く情報として齎されていました。
そして肝心、要の護衛騎士としての要望の内容は―――
・剣の腕前は、新兵の中で出来れば強い者
・あまり出世欲がない者
・魔法が得意でない者
と、いうものでした。
配属を決めるに当たって出された要求は、国最高峰の賢者の"ワガママ"と言っても過言ではなく、軍の上層部では要望に応える為、護衛騎士に適した訓練生の吟味が水面ではありますが盛んにおこなわれていました。
要望が通り易いのは、やはり"賢者"としての実力が勝るに越した事はなく、そしてこの賢者は"どの賢者より優先される"位置にいるらしく、上層部も張り切ってしまっていたという事です。
どうして訓練生の配属先を決める事に、軍の上層部は躍起になっている理由が分からないアルスが、アルセンに尋ねた所、綺麗な笑顔で答えてくれました。
『簡単な理由です。出世に繋がりそうな優秀な新人兵士を、贔屓にしている幹部の所に配属させて、新人兵士と配属先の幹部にも恩を押し付ける為ですよ。
そして、今回護衛を初めて受け入れると仰った賢者は軍の上層部の皆さんが、是が非でも恩を押し付けておきたいというわけです。
私にしてみれば、不貞不貞しいし、逆に利用されそうな方なんですがね』
アルセン曰く、不貞不貞しい軍の上層部の幹部が、恩を押し付けたい"最高峰の賢者"が、やっと恩を押し付けるチャンスを出した。
だから、是非とも出世に繋げる為に要望をこなした兵士を派遣したい―――。
そしてもう一組、"最高峰の賢者"の配属に関して動いている所がありました。
出世に興味はないが、長年軍の規律を重んじてきた、古参の軍人も、この賢者の護衛騎士配属に関して密かに張り切っているとの事です。
国の最高峰の賢者が、長年つっぱねていた護衛を、漸く護衛の兵士派遣配属を、受け入れてくれるのだから、万全を期した部隊を編成して派遣しようとの事でした。
そういった2組が、賢者の為に護衛小隊をこぞって編成していた時に、"緊急"での追加の要望が、賢者から追加・連絡が齎されます。
それは賢者が、軍の為に唯一作ったとされる伝達の魔法具の"紙飛行機"で届けられました。
形はふざけているように見えますが、他のどの通信の魔法具より速いので、この形のまま使われているものとなります。
一斉に送られたらしい紙飛行機は、丁度アルスがアルセンの雑務を、執務室で手伝っていた時に届いたのを良く覚えています。
『さて、どんなどんでん返しの要望が書いてあるのやら』
アルセンが綺麗だがやけに冷めた緑の瞳で、紙飛行機を開き、認められている文章を確認しました。
┌────────────┐
│ ・・・・│
│派遣される兵士は1人だけ│
│じゃないと嫌だ。 │
│ │
│ 賢者より │
└────────────┘
「あの手紙を読んだ時、アルセン様、綺麗な顔して凄く遠い所を眺めている様に見えたな……」
リリィの手前で言えませんが、アルセンは伝達用の紙飛行機を、読み上げと同時に、何時も身に付けている白手袋の掌の中で、グシャリと潰していました。
『イヤだって、私より年上の賢者の言葉じゃないですよね?。
これはワガママっていうより、もう駄々っ子ですよね?』
握り潰した手紙は元から無かったように、明後日の方向よりは、季節の変わってしまった90日程先を美しい緑の瞳で見詰め、呟いていました。
そんなアルセンの様子(ウサギの賢者の手紙を握り潰した事以外)をリリィに伝えると、
「私、ウサギの賢者さまの為に一生懸命考えてた軍人さん達に、悪い事をしちゃったんですね」
と、本当に困った表情をして、小さな両手を重ね合わせ、少女は俯きます。
「賢者さまがね、軍人を置くことを決めたのは、多分、私が街で変な人にからまれたからなの」
いつも強気に感じられる雰囲気を潜めて、リリィは更に申し訳なさそうにアルスに告げました。
「ああ、その、もしかして、リリィは街で、1人で歩いていたら、変な人に絡まれてしまったみたいな事があったのかな?」
アルスは改めて思い出したように、年下の同僚リリィの幼い可愛らしい横顔を見つめました。
少女は小さな唇をキュッと結んで、その質問に素直に頷きます。
「それは、災難だったね」
アルセンからかつてされたように、アルスは少女の頭をポンポンと軽く撫でるようにして慰めます。
新人兵士の手から伝わってくるのが、純粋な労りだと感じ取れるリリィは、また頷きます。
出逢った"災難"が、勝ち気な少女の心に、結構な影を落としていることが窺えました。
ウサギの賢者に仕える幼い巫女は、思わず足を止めて確かめてしまいそうな程、物凄く整った顔立ちをした美少女でありました。
だが本日やってきた新人兵士のアルスにしてみれば、リリィの容姿は確かに美しくて可愛いとは思いはしますが、何をどうこうしようという気持ちは全く起きません。
どちらかと言えば、自然に咲いている可愛らしい花であり、これからも可憐に可愛らしく咲いていてくれていたら嬉しい、それぐらいの気持ちしか持てないのが正直な気持ちです。
けれども、こういった"美少女"という"花"を手折り、良からぬ対象に見る"大人"が居るだろうという事は、アルスにも容易に想像がつきました。
「良かったら教えて欲しいんだけど、リリィって今何歳なの?」
今まで年齢について尋ねた事がなかったので、アルスはリリィの頭に添えていた手を離し、腕を組みながら尋ねます。
「11才」
幼い同僚は、まだ俯き加減のまま応えてくれます。
(女の子はしっかりしてるから、多感な時期はもう始まっているのだろうなぁ)
どちらかと言えば淡泊なアルスにしては珍しく、もし妹という存在がいたなら、災難に出くわし、落ち込んでいるその様子を想像し、同情しました。
「アルスくん、巫女や教会に所属してない、子どもって殆どは、最近国が作った学校に行ってるんですよね?」
今度はリリィが、確認するように尋ね、そこでアルスは一度言葉に詰まります。
実は結構複雑な生い立ちの上、王都育ちではない新人兵士は正確な事は答えられませんでした。
「皆が皆、そうではないと思うけれど」
王都育ちの、軍学校の同期生が言っていた話を思い出しながら、アルスはリリィの質問に答える事にします。
「王都育ちの同期が言っていたけれど、国王のお膝元の場所だから、比較的学校に通う子どもは多いとは思うよ。
ただ農業に従事する事を希望する子どもは、基礎だけを勉強するんだって。
最近は必要な分がすんだら、国一番のマクガフィン農場に就職する子どもも、いるそうだよ。
だから皆が皆、学校に行っている訳でもないと思う」
その説明を聞いて、"そうですか"と呟き、リリィは意を決したように話しを始めました。
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