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配属先到着
王国歴2018年春の季節。
空色の瞳を持つ少年が配属されたのは、セリサンセウム王国でも、最高峰と謳われている賢者の「護衛部隊」でした。
「え~っと。ここだな」
王都である城塞都市からそんなに離れてはいないのに、鬱蒼と繁る大きな森の小道を抜けたその先、鄙びた印象を与える田舎風ながらも大きな屋敷があった。
その入り口の前に、新人兵士のアルス・トラッドが必要最低限の荷物を背負い、佇んでいる。
屋敷の周りは、ぐるりと植木で上手い具合に垣根を作り出し、囲まれていて、垣根の切れている部分が入り口の様ではあるが、呼び鈴らしい道具は見当たりません。
「すみませーん!」
取敢えず、呼び掛けるがアルスの声が木霊するだけで、眼前に広がる屋敷からの返事はありませんでした。
「勝手に入ったらいけないだろうし。配属時間の連絡がいってないのかな?」
(少し屋敷の中を覗いてみるか)
そんな事も考えていると、植木の根がニョキニョキと大地から姿をだし、アルスの足首に向かって伸び始めます。
「―――え?」
そしてアルスが気がついた瞬間、根は"シュルン"と空を切る音と共に足首に素早く巻きつき引っ張りました。
「ぬわっ?!」
アルスは間抜けな声を出して、見事に前のめりに、土ぼこりを濛々とあげ、突っ伏す様に転で、自分ながらに随分と間の抜けた格好だと、新人兵士は思います。
(油断したなあ、これって"魔法"だよね)
「あ~あ、魔法解く前にはいるから」
凹んでいると呆れの気持ちを大いに含んだ、鈴が鳴るような可愛らしいくも聞こえる少女の声が、地べたにつっぷすアルスの頭上からかけられます。
転倒したままのアルスが上げる視線の先、恐らく声の主と思われる、少女の細いくるぶしに形の良い脚が、空色の瞳にうつりました。
「"新人兵士さん"は、女性の脚がお好きなんですか?」
明らかに棘を含んだ言い回しに、アルスは少しだけ怯みながらも急いで顔を上げます。
「ち、違います!うわあっ!」
否定の言葉を言った途端、まだアルスに絡みつく木の根がグイグイと足首を引っ張っぱり上げると、流石に無抵抗な新人兵士が引き摺られる姿は、鈴のような声の少女の良心を痛めました。
「賢者さま~、魔法といてください!」
可愛らしいながらも良く通る大きな声で、アルスの配属先となる屋敷に向かって少女は呼びかけます。
パチン
弾けるような音が響いたと同時に、アルスの足首に巻きついていた根っこは、再びシュルンと短い風を切る音を出して、漸く外れてくれました。
「やっと外れた」
心の底からほっとしながら、アルスは座り込んだままで、木の根が巻きついていた事で、軽い痛みの残った足首を擦ります。
「そろそろ、立っては如何ですか」
座り込んでいたアルスの目の前に、この国の国教である宗教の巫女の衣装を身に着けた少女が、先程見えた華奢な両足を踏ん張るようにして立っていました。
一般的に"美少女"と表現しても全くおかしくない、そんな女の子が腕組みしながら、明らかにアルスを睨んでいます。
(何か、失礼な事を自分はしてしまったのかな?)
そんな事を冷静に考えながら見上げる巫女の女の子は、柔らかそうな明るい桃色とも薄紅にも見える髪に、気が強そうな緑の瞳が印象的でした。
「あ、スミマセン」
とりあえず謝りながら、気の強そうな様子に少しだけ圧倒され、アルスは軍服についた砂を叩き落とし、立ち上がります。
「お、お見苦しい所を見せました」
慌てながらも慇懃な新人兵士の態度に、巫女の少女は今までの表情を一変させ、ニッコリと笑顔を浮かべます。
「新人の軍人は、礼儀正しいってホントね。賢者さまがおっしゃっていたとおりです」
少女は笑ってはいるが、やはり敵意みたいなものをアルスは感じていました。
「は、はあ」
「"ぐんれき"を重ねるごとに、勘違いする事がないように、あなたは気をつけてね」
「はい」
明らかに年はアルスの方が上なのだが、鈴がなるような美少女の声には、不思議な威厳があって、素直に返事をしてしまいます。
「"新人兵士さん"、賢者さまがお屋敷の賢者さまの書斎にて、お待ちです。どうぞ、奥に進んでください」
そう言って美しい巫女の少女は、今までの態度から信じられないくらい恭しく、アルスに小さな頭を下げてお辞儀をしました。
「賢者さまの使い魔、金色の"カエル"が、新人兵士殿を賢者さまの書斎へと案内いたします」
「金色の、カエル?」
軍学校では聞いた事もない使い魔の種類に驚いていると、空色の瞳の前で空が、波打ち揺れます。
その揺れの中心が、歪んだと思った瞬間に金色のカエルが、水面から飛び出るようにして突如姿を現し、新人兵士と巫女の間を空中で"佇む"。
金色のカエルは、横に長い瞳でアルスをチラリと見てから、水の中を泳いでいるが如く、空を掻いて屋敷の奥へスイスイと進み始め。少しだけ呆ける新人兵士に、美少女の巫女が声をかけます。
「早くしないと使い魔のカエルさん、見失いますよ。賢者さまのカエルさん、結構気まぐれなんです」
「あ、はい!」
アルスが気がついて、小走りに走り出すのを見てから、更に
「あ、あと、使い魔のカエルさんの側にいないと、またお屋敷を守る魔法が働いて、お婿さんにいけないような事が身におきますって、賢者さまが言っておきなさい、っ伝えるのを忘れていました」
と美少女による"忠告"の声がアルスの耳に届きます。
「そっちを先に言ってください!」
先程の容赦ない、木の根の巻きつきと、強気な巫女の美少女の態度から、多分冗談ではないと察した新人兵士は、自分の上司の使い魔だという金色のカエルに向かって、全力疾走を始めていました。
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