魔法鏡からこんばんは

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『流石に察しがいいですね。ええ、一部の貴族様が伏せておいた貴方の居場所や、配属される兵士の名前を執拗に調べていましてね。 勿論、金と権力に物を言わせてですが。 で、更に今回の配属先は、競ってでも恩や繋がりを作っておきたい賢者の屋敷である事も知られてしまった様です』 ウサギの賢者とアルセンは事の次第によっては、阿吽の呼吸に近い行動(アクション)を取れる間柄でもあるので、自分の状況や自身の立場がどんなものかは弁えていました。 賢者の核心部分、"本名"と"正体"は何とかまだ知られてはいないようでしたが、"この国最高峰の賢者"である事は認知されています。 アルセン・パドリックは美しい容姿も有名でありますが、何より過去にあった大戦・天災で若年ながらも活躍したため、国王から特別な称号まで賜った人物でもありました。 平和な治世となった現在は、軍隊の人材育成の軍学校の教官として日々を過ごしています。 その仕事内容と権限の一部に"新人兵士の配属先を決められる"というものがありました。 ただここでアルセンにとって面倒臭くて仕方ない事は、軍属として配置される本人以上に、親や縁戚が配置場所を気にする方々も、特に上級階級に多くにいる事になります。 そして今回の配属先には、子どもの出世や家の名前を高める為には"うってつけ"の配属先(場所)として"国最高峰の賢者"がありました。 「やれやれ、失念していたね」 ウサギの賢者が、小さな額に短い腕を伸ばし、フカフカの自分の手を当てる姿に、鏡の向こう側にいる後輩(アルセン)は気の毒そうな表情(かお)となりました。 『貴方が、軍と本格的に関わりを持つのも十数年ぶりですからね。仕方ないですよ』 優しく労るようにアルセンが口にしましたが、賢者にはあまり効果はない様でした。 「ワシは、"私"は、あんなにも面倒くさい事にも巻き込まれたのに。もう、忘れてしまっているんだなぁ」 『失念していたんじゃありません。十数年も経って、"辛かった事を乗り越えた"証拠です。 乗り越えて、貴方に"なんという事なかった"と、受け流してしまえる事だったんですよ。貴方は、"強い人"ですから。 それに貴方も私も、"今"はそれなりに一連の権限もあるし、嫌な事は避ける事は出来ます。だから、気にすらしていなかった。 些末な事を気にしていたら前に進めない、そうではありませんか?』 ウサギの賢者は自嘲しますが親友からの励ましの言葉で、落ち込むのは取りあえず止めます。 落ち込んでも構わないけれども、何時までもというのも性分には合いません。
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