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「アルセンは相変わらず、人を励ますのが上手いし、優しいね」
落ち込む状態を切り上げるきっかけにも繋がった励ましの言葉に、小さな額から手を外し、オモチャの様にも見えるウサギの賢者専用のメガネを外し、魔法の鏡の手前に置きました。
モフモフとした毛と肉球が満載の両手で、グリグリと円らな瞳を解すように押します。
その姿はかつて人の姿から逃げ出した、人でいる事が耐えられなかった賢者"が、人の姿だった時、落ち込むのを誤魔化す為に行っていた仕草だというのをアルセンに思い出させました。
『貴方が、色んなものを護るために"禁術"を使って、その姿になってから十数年も過ぎたんですね』
魔法の鏡の中からのアルセンの視線はウサギの賢者が、"人の姿"の時にも使われていた眼鏡と瓜二つの、サイズだけ違う、小さな丸眼鏡に注がれていました。
「まあアルセンも知っているだろうけれども、月の一回りに1度は用事がある時や仕方がない時は、強制的に"ヒトデナシ"に戻る時はあるんだけどね」
人であったときの己自身という存在を侮蔑しながら、円らな瞳を抑えたままウサギの賢者が答え、話題を逸らすようにアルセンの方に語り掛けます。
「ワシは優しいアルセンこそ、"戦後"に軍に残るとは思っていなかったよ。
まあおかげ様で、ワシはこの生活になってからの融通は、大分利かせてもらって、感謝をしているけどね」
そこまで言って、漸くフワフワの両手を瞳から離して、玩具の様な眼鏡をかけてウサギの賢者は魔法鏡越しにアルセンを真っ正面から見つめたなら、美人の後輩は視線を逸らす事はなく、優しくて綺麗な緑色の瞳で見つめ返してくれました。
『貴方が"ウサギの賢者"になる前の姿や声を、私は全く忘れる事が出来ません』
「忘れちゃってよ、アルセン。ワシは―――」
そこでウサギの賢者は、小さく咳をしたなら、アルセンにとっては、懐かしい、ウサギの賢者が人だった頃の声が耳に届きます。
「"人"だった私は、アルセンが私の事を気にしないで、残った大切な人達と幸せに生きてくれたのなら、その方が」
そこでまた小さく咳をして、ウサギの声に戻しました、そして
「ワシは、その方が嬉しい。アルセン」
そう、優しい綺麗な後輩であり、親友に願います。
だけれどもアルセンにとっては、願われても、請われても忘れる事は出来ませんでした。
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