上司と初対面

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(……あっ、誰かきた?) 後方に軽い足音を感じて、アルスは機敏に振り返ると、書斎のドアがスライドして開き、巫女の美少女が紅茶や軽食を乗せたトレイを抱えて、慣れた様子で入ってきます。 「新人兵士さん、無事にお部屋につきましたね」 710f1742-70e7-4441-b6a4-fcbe56934aa2 少女はトレイを賢者の巨大な机の上に置き、小さな手にポットを持ち上げ金色の紅茶の細い湯気の立つ滝をカップに注ぎます。 「アルス君、その子は私の秘書のようなもので、立場としては教会から派遣してもらっている巫女のリリィだ。 この配属先で唯一の君の"同僚"、よろしく頼むよ」 ウサギの上司は、振り返ることのないままアルスに説明を行います。 「よろしくね、アルス"くん"」 再び紅茶をカップに注ぎながらリリィは、可愛い笑顔をニコリと浮かべた後、先ずは最初にカップをウサギ上司の側に置きました。  「唯一の同僚って」 確かアルスは"賢者の護衛部隊"に配属された、ハズでした。 「早い話が賢者さまの"お手伝い"ね。そんなに忙しくない"仕事場"だから、安心して」 リリィがバッサリと"護衛部隊"はなく、アルスは"お手伝いが仕事"であると言いながら、丁寧にいれた紅茶を渡してくれます。 「あ、ありがとう」 アルスが素直に礼を言うと、強気な美少女は少しだけ驚いた顔をして、緑色の瞳を丸くします。 どうやら、強気な自分の態度に何か言い返してくるかぐらい構えていたのですが、アルスが何も返してこないので、罰が悪そうな雰囲気が窺がえます。 ウサギの上司は、部下となる少年と少女のやり取りを、長い耳で楽しそうに聞き取りながらも、羽ペンをスムーズに動かすフワフワとした手を、止める事はありませんでした。 「アルス君には、この屋敷の警護、ワシの出張の荷物持ちや、買い出しの時にリリィの荷物持ちや、何かの時の荷物持ちをしてもらう事になると思う」 明らかにを強調した仕事内容をアルスに告げ、ウサギの上司は漸くペンを止めます。 「これでいいだろう。アルス君、仕事中やこの屋敷にいる間はこれを着けなさい」 再び椅子がクルリと回転して、ウサギの上司が手にしていたのは腕章でした。  フワフワの上司の手(前足?)から渡される腕章は、外側は青い布を基調としたこの国の旗印である"向日葵と獅子"と、旗印の側に寄り添うように"楓の中に鎮座する金色のカエル"が刺繍がされていました。 肩に停める為の紐は、鮮やかな翠に染められていて、内側は白地の布に、細かい文字で魔術に使われる特殊な文字と図形が描かれていて、ただ最後に書いてある文字だけは、"アルス・トラッド"と魔法に疎い新人兵士でも読めました。 「この屋敷は、魔法屋敷だからね。 ワシが実験や何やで家具や道具にかけた魔法が、色々悪さする事があるらしい。この腕章を着けていれば、この屋敷からはイタズラはされないし、アルス君が"賢者に仕える護衛騎士"の証となるから、大事にしてね」 フワフワの指先から出た、細い鋭い小さな爪をチョイチョイと動かして、アルスに早く身につけるようにウサギの上司は促します。 アルスは早速腕章を左腕に通し、肩の釦で紐を止めると、パチパチとウサギの上司が、肉球が満載な両手でアルスに向かって拍手を送り、リリィも上司に倣うように、小さな手で拍手贈ってくれました。 「格好いいし、似合ってますよ」 ついでに極上の可愛らしい微笑みを浮かべ、リリィが新しい"同僚"を誉めます。 「ありがとう」 褒めの言葉に、アルスが素直に照れていると、 「いいえ、気にしないでください。社交辞令ですから」 と、リリィは目元は弛めずにまた微笑みます。 「あっ、その社交辞令でも、そのどうも」 アルスが何とかそう返すと、ウサギの賢者はポリポリと鼻先を堅い爪で掻き、 「アルス君。まあこんな感じの娘だが、よろしく頼む」 00bf4b87-82a6-435b-b70d-e63f0c4450e2 流石に、若干呆れ気味の声を薄暗い書斎に響かせたのでした。 e52513c7-6d8f-427b-b227-f9aa614cc154
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