魔法屋敷

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一度円らな瞳を瞬きをすれば、それは最初から装飾品のカエルのブローチのようにしか見えなくなります。 「アルス君、君の荷物が軍から届いたようだ。リリィが、この部屋まで運んでくれるって」 固まったカエルを、肉球の指で労るようになぞりながら、ウサギの賢者がリリィが荷物を運ぶと髭を揺らしながら口にしたなら、アルスが驚きの声を上げました。 「ええ?!でも、荷物って、鎧やら重装備時の鎖帷子(くさりかたびら)やスペアの武器まであるんですよ!。リリィちゃんには、無理ですよ!」 「"チャン"付けは止めて下さい」 この職場で唯一の同僚となるリリィが、腰に両手を当てて、アルスの居室のドアの外にいつの間にか立っています。 「ちゃんづけされるより、"リリィ"と呼び捨てされる方が、私はいいです」 「何だい、リリィ。もう、運んで来たのかい、仕事が相変わらず早いねぇ」 「ええ?!」 ウサギの賢者は"リリィが重い荷物を運べて当たり前"という風に喋るので、アルスの方が慌てていました。 「明日から魔法倹約ですからね。だから、贅沢に使ってみました」 リリィは、腰に手を当てた姿勢から、まだまっ平らでもおかしくない胸を張って"えっへん"と言った感じとなります。 アルスにはその仕草が可愛らしく見えましたが、リリィから理由(わけ)は分かりませんが、軽く敵意を抱かれていたのは理解していたので、何とか微笑みそうになる頬を緩めずにすませました。 「ワシ的には、そういう事に魔法を使う事は、贅沢なつもりはないがなぁ」 ウサギの賢者は、モフリと首を捻るが、リリィは手を振って否定した。 「あら、立派な魔法の無駄遣いだと私は思いますよ。 アルス"くん"、部屋の真ん中に荷物置くね」 ふと気が付いてみれば、リリィの"ちゃん"付けはダメでも、アルスの"くん"付けが、ウサギの賢者の魔法屋敷において定着しているような具合になっていました。 リリィが2回手を叩くと、アルスの荷物が部屋にゾロゾロと行進して"歩いて"やってきます。 正確に言うなら、荷物にまとわりつくように絡んだ荊の植物が、根を足のように動かしてアルスの居室へと、"えっちらおっちら"と入場してきました。  中々の大荷物がリリィの魔法によって、部屋の中央に到着します。 リリィが"ご苦労様"と一声かけると、荷物に絡んでいた荊の植物は速やかに離れて、互いに絡みあい、やがてリースのように丸い輪となって、アルスの居室の床に落ち着きました。 (あ、リースにも見えるけれど、本当は"鞭"なんだ) 8f715e19-a240-4bd4-921f-b3664aead5e7 武器にも関して学んでいる少年は、それが本来は女性がよく使う"鞭"だとわかります。 (とても綺麗な植物の鞭だなあ) 輪となった(いばら)の鞭をリリィは手にとり、巫女の衣装の腰の辺りにある鈴蘭をモチーフとした金具の飾りに取り着けました。 パチパチとアルスが手を叩いて、小さな同僚は緑色の瞳を丸くします。 感謝の気持ちとリリィの魔法の手際の良さに、アルスは自然に称賛の拍手を起こしてしまっていました。 「リリィ、凄いね。それに、こんな便利な魔法を丁寧に使いこなせるなんて。 自分は魔法がからっきしだから、自分で荷物を運ぶのに、屋敷の入り口から2往復ぐらいしてたよ。 荷物を運んでくれて、本当にありがとう。助かったよ」 アルスが優しくにっこり笑って礼を言うと、勝ち気な美少女の同僚は驚きから、実に判り易く頬を紅くし"照れ"の表情を浮かべます。 それから少しだけモジモジとして、ウサギの賢者の顔を見てから、少し赤くした顔を今度は照れを誤魔化す為に、誉めてくれたアルスを見つめ返し尋ねます。 「アルスくんは、屋敷を2往復すれば、この大荷物達を持ち運べるんだ?」  「そうだね、これぐらいの荷物なら、ちょっと無理して重たいかもしれないけれど。自分なら2往復もすれば、運べるかな」 リリィからの照れ隠しの質問ながらも、アルスは丁寧に答えて、運ばれて来た荷物達をポンポンと軽く叩きました。 2往復と言う発言に、リリィは再び驚いて、今度は感嘆の言葉を漏らしました。 「私は2往復じゃ絶対無理だわ。やっぱり、私には贅沢な魔法です」 リリィは荷物を見つめながら深刻そうに考え込んでいますが、ウサギの賢者はあっけらかんと口を開きます。 「そういう時は"台車"という手押し車の道具を使えば、リリィでも一度で運べるよ。ねぇ、アルス君?」 耳の長い上司が小さな鼻をヒクヒクとさせながら、相槌をアルスに求めました。 「そうですね」 アルスもウサギの賢者の提案に、得心がいったようにアルスは相づちを返します。 「台車?手押し車?。なんですかそれは?」 リリィは本当にわからないらしく、不思議そうに緑色の目を瞬きしてウサギの賢者と、アルスを見比べました。 アルスはリリィが素直に、台車や手押し車というものが不思議に思っているのが伝わってきたので、軍服の胸ポケットからペンを取り出します。 「台車っていうのはね……」 先ほどウサギの賢者から貰ったノートの余白のページに、簡単なイラストを描いて丁寧に説明を始めます。 リリィはアルスの説明を聞くにつれて、えらく感動し、最後の方には胸の前に小さな手を祈る時のように組み合わせて、強気な瞳は輝きました。 「まあ、台車ってとっても便利な道具ですね!。賢者さま、明日、早速市場に買いに行っても良いでしょうか!?」 幾らか興奮して、耳の長い上司に少女は尋ねました。 アルスは"早速買いたい!"という可愛らしい同僚の言葉に、笑いながらも、先程通ってきた廊下を思い出します。 「出来上がりのを買いにいくのも良いけれど……。 屋内や室内で使うつもりなら、リリィちゃ……リリィに合わせて作った方が、使い勝手は良いかもしれないね」 改めて入り口を振り返り、アルスが屋敷の廊下の幅やアルスの肩にも届かない背の同僚を見つめて、優しく語りかけました。 "ちゃん付け"されそうになった事に、少しばかり"ムッ"としながらも、リリィ専用の手造りという言葉に表情(かお)を明るくして 「どんな風に造るんですか!?」 と、アルスを質問攻めにするような形で、更に会話が弾み始めます。 ウサギの賢者はニコニコとその様子を眺めながら、肉球のついた手で胸元の金色のカエルを撫でます。 けれども年若い部下が会話に夢中になっている、寸の間 「これも"便利すぎる魔法の弊害"かな」 f9013051-a7eb-4b6c-8160-70825a3f9dae ウサギの賢者にしては一段と低い声で呟き、つぶらな瞳が鳶色に輝きます。 そしてその呟きは、台車の話で盛り上がる2人の部下には勿論気がつかれませんでした。 476e9348-4875-4402-a9dc-b99608db5de2
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