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いただきます
アルスは、ウサギの賢者屋敷での初めての食事となります。
「さぁ~てと、こんなものかな」
軍服の上着を脱いで、シャツを腕捲りしたアルスが、自分の居室となった部屋を見渡します。
リリィが運んでくれた荷物を解き、まず最初に最もよく使う軍服を、タンスにシワにならぬようにしまいました。
軽装の鎧は、護衛する時に身に着ける義務があるので、比較的良く使う事になるだろうから、タンスの手前、剣のスペアは、軍学校で教えられた通り、一応部屋の奥の解りづらい所に鍵をかけた箱に隠すようにしまいました。
"護衛騎士"の仕事に関しては今すぐにでも支度出来るように、アルスは整え終えます。
「後は個人の荷物だけど」
ベッドの上には、アルスの普段着や趣味の"休日大工"で使う工具等が軽く散乱していました。
「衣紋かけや、衣類収納は作るとして。あ、その前に、リリィの台車を作らないとね、うん」
そんな事を顎に指をあてて考え、独り言をアルスが呟いていると、コンコンコン、と部屋の扉を軽くノックされました。
「アルスくん。夕食の支度ができました、どうぞと賢者さまが仰っています」
職場で唯一のアルスの同僚である巫女で、美少女でもあるリリィの鈴なる様な声が扉越しに響きます。
「あ、わかりました。今行きます」
腕捲りを直し、軍服の上着を羽織り、指示された通り腕章を身に付け、取りあえず寝台に立てかけておいた剣を、帯剣し、アルスは部屋を出ました。
そこには長い袖のエプロンに、柔らかい髪を後ろに三編みにし、白い頭巾を被るリリィが立っています。
「リリィ、凄く大きなエプロンつけているんだね。でも可愛らしいし、似合ってる」
部屋のドアを閉めながら、リリィの姿のエプロン姿の素直な感想をアルスが口にすると、実に判り易く笑顔を浮かべてくれました。
「賢者さまが、私の為に作ってくださったんです。『料理する時に、服がよごれたらいけないからね~』って」
一緒に歩きながら、リリィは誉められた言葉に、頬を染め、笑顔でエプロンの自慢を少しだけ含ませ、長い裾を持ち上げてアルスに説明をしてくれます。
(リリィ、賢者殿の話をする時は、本当にうれしそうだなぁ)
思わずアルスまで笑顔を浮かべたくなるような、そんな様子でリリィはウサギの賢者についてかたってくれました。
ウサギの賢者は"リリィが恩を感じている"と言っていたが、恩というよりは"リリィがウサギの賢者を大好き"と、言った方があっているかもしれないという、感想をアルスは抱きました。
リリィが身に着けているエプロンには、少しだけ料理に使ったのであろう粉や、調味料がチラホラとついています。
エプロンの話が終わると何となく無言になったので、アルスが少々勇気を出して会話を振ってみました。
「そういうエプロン見ると、食事の訓練思い出すよ」
「どんな料理を、作っていたんですか?」
料理に興味があったのか、それとも少しは心を開いてくれたのか、リリィはアルスの話に乗ってくれます。
「料理と言うより、本当に基本の基本だったから。
野生の食べ物はどれが安全に食べられるみたいな、そういったサバイバルだったから、料理としていってもいいのか、判らないかな」
アルスが振った話はそれなりに弾み、横並びに2人で廊下を歩いていくと、魔法屋敷の食堂に直ぐにたどり着きました。
どうやらウサギの賢者の魔法屋敷は、扉によって色んなモチーフがある事にアルスは気がつきます。
アルスの居室の扉は星空で、今、リリィ共に立っている前にある食堂の扉は草原をモチーフとして、その場所特有の昆虫や、草花が綺麗に細工され、造られているようでした。
「リリィ、アルス君。早く2人ともおいで~」
扉の向こうから、ウサギの賢者ののんびりした声が聞こえたと思ったら、パチリと弾ける音がして、自然に開きます。
「今日は、賢者さまも手伝って下さったの」
食堂に入りながら、リリィがアルスを見上げ楽しそうに教えてくれます。
「賢者殿、料理出来るの?」
帯剣を外しながら、アルスは驚きながら誰となく尋ねるように呟きました。
「何、アルス君。料理は初級の錬金術みたいなもんだから」
アルスの呟きには、ウサギの賢者殿は明朗に答えた。
続けて"申し訳ない"というニュアンスを含んだ上司の声が、同じ場所から響いてきました。
「ところで悪いんだが、剣の安置場所まで、掃除が行き届いてないかもしれないんだ。リリィはいつも掃除を隅々までしてくれるんだけど、ワシの連絡ミスで出来てないんだ。
ただ、食堂自体は毎日丁寧に掃除はしてくれてるから、精々埃をかぶっている程度だと思うんだけれど」
アルスの視界に入ってきたのは、食堂の丸テーブルに皿を並べ、こちらに長い説明をするウサギの賢者の姿となります。
ウサギの姿ながらに、ちゃんとサイズのあったエプロンと頭には三角巾をしていて、不躾ながらも、そのウサギの賢者の姿が可愛いと思ってしまったが、賢明な新人兵士は口には出さないでおきました。
「フフフ似合うでしょ~、アルス君♪。大好きな親友が、ウサギサイズに作ってくれたんだよ~」
しかし、賢者は少し緩んでいたらしいアルスの表情から、感情を見事に察していました。
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