いただきます

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「国を代表する、仕立て屋のキングス・スタイナーさまが作ってくださったんですよ」 リリィがこっそりといった様子で、年上の同僚に教えてくれます。 「それは凄いね!」 服飾や流行に疎いアルスでも知っている、国を代表する仕立て屋の名前と、その人物がウサギの賢者の親友だと聞いて、二重に驚かされました。  08195312-c97e-411b-9992-11733065ae6d 「まあ、親友とかそれなりに人は遊びにきてくれるんだが、ワシの所に"兵士"が来るなんて久しぶりなんでね。夕飯を一緒になんてのもそれこそ、ここ数年なかったし、安置場所に荷物引っかけてたりもしていたから」 と、剣の安置場所については、ウサギの賢者が更に申し訳なさそうに説明を加えてくれます。 アルスがその場所を見たならば、剣を安置するための2つの留め金には、ウサギの賢者が言う通り、うっすらと埃がかかっている程度で、胸ポケットからハンカチを取り出し、埃が飛ばないように留め金を丁寧に拭いました。 「全然大丈夫ですよ」 そう答え、剣を安置場所にカチャリと音をたてて安置しました。 ウサギの賢者やアルスとリリィが住む国、セリサンセウム王国のしきたりで、常に帯剣する職業でも食事の時は外すのが礼儀となっています。 招かれたり、振る舞われたりする食事の席で武器を体から離さない事は、大変な非礼とされました。 使い方の応用で、剣を帯剣したまま食事をすることで 《不満に思っている事がある》 《心を許していない》 《親しくするつもりはない》 と暗に伝える手段として確立されています。 be86a3d5-b24f-440a-88f1-f537ae06ce8d 付け加えて説明すると、剣を安置する場所や、留め金の設置や細工の仕方で、家主が帯剣する人物を好ましいと思っているかどうかが伺えます。  極端な話では訪れる人によって安置場所や、留め金事変えている家主もいるという事でした。 ウサギの賢者の安置場所は、先に言った通り、うっすら埃を被る程度で、本当に帯剣する訪問客が少ないのが窺がえます。 留め金自体は扉のモチーフと一緒で、青銅で野花を(かたど)ったセンスが良く感じられる設えとなりました。 食卓は丸いテーブルに、白のクロスと若葉色のクロスを重ねてかけてあり、椅子は背もたれと座る場所に若葉色のビロードで、その中に詰め物がしてある上等な造となります。 リリィはエプロンを外し、安置場所の側にある服かけに、少しだけ背伸びをしてかけたなら、自分の椅子の場所にトコトコと歩いて、やはり少しばかり大きな椅子に腰掛ける為に引こうとするその前に、スッとアルスがやってきてリリィの椅子を引いていました。 「はい、どうぞ」 優しくにっこりと笑って椅子を引かれて、リリィはただ大きめの強気な瞳を激しく瞬きをさせていました。 「あ、ありがと」 何はともあれ"ウサギの賢者の"秘書"として、新しい同僚に失礼があってはいけない"と、リリィも驚きあわてながらも礼を言って椅子に座ります。 「もしかして、リリィはこういうのに慣れてないかな?」 アルスもアルスで、リリィが本当に慌てて驚いているのに気がついて、尋ねたなら直ぐに、コックリとリリィは華奢な首の上にある頭で素直に頷きました。 「はい。私は、された事がありません」 リリィは戸惑った様子で、改めてアルスを見た次に、未だに親友お手製のエプロンを身に付けたウサギの賢者を見て、そんな事を口にします。 ウサギの賢者が三角巾を取りながら、人の椅子より高め造られているウサギ専用の椅子に、見事に跳び乗りました。 「兵士のマナーと言うより、紳士のマナーだね。それとも、それも基本的訓練の一部かな?」 ウサギの賢者の声は、気のせいでなければ少しだけ平坦なものとなっていましたが、アルスは素直に答えます。  
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