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魔法屋敷
3階立ての魔法屋敷、1階の1部屋がアルスの居室となります。
ウサギの上司が案内してくれた部屋は、賢者の書斎となる部屋からそんなに離れていない、南向きの大きな窓がある日当たりの良い一室となりました。
「ここがアルス君の部屋。ベッドと机と棚とタンス、軍から言われた通りに"居室"を用意してあるから好きに使ってくれ。
あと洗面所も、部屋の奥についてるから。簡単な洗濯物もそこで出来る。
シーツとかの大物は、3日に一度リリィに朝預けてくれればいい。ああそうだ」
パチリと、ウサギの賢者が思い出した様に、堅い爪を弾き鳴らしました。
「この部屋では魔法は解いておいたから、腕章は外しても大丈夫だよ。
もちろん、休日の外出時も外しておいて構わないけれど、ワシの"護衛部隊"の身分を証明するものは、それしかないからそいつは常に携帯しといてくれるかな」
「わかりました」
アルスが素直に返事をすると、ウサギの上司はつぶらな瞳をキュッと閉じて満足そうに頷きます。
「あと、大まかなこの屋敷での決まりの事は、このノートに書いてあるから」
そんな事を言いながら、ウサギの上司は、ヒョイと身軽に跳躍して器用に机の引き出しを開け、中から一冊のノートを取り出しアルスに渡しました。
「読ませていただきます。ところで、あの」
ノートを受け取り、アルスは言葉を慎重に選びながら、耳の長い上司を見つめます。
「ん、何だい?」
後ろに手を組み、長い耳を含めて自分より約2倍近くになる背丈の部下をウサギの上司は見上げます。
「自分は、その"賢者殿"を何とお呼びすればいいのでしょうか?」
長い耳をピピッと動かし、瞑って細長くなっていた瞳を丸く開きました。
「賢者だけじゃ、ダメかね?」
つぶらな可愛らしいばかりの瞳からの視線が、鋭くなったのを感じとれたアルスは思わず口を噤みます。
(避けた方がいい話なのかな?。だけど、呼称が決まっていないとこれからが困るし)
「それでは、じゃあリリィちゃんと同じように"賢者様"と呼びましょうか」
少しだけ、意を決した様子でアルスはウサギの上司――賢者に語りかけました。
「ふむう。アルス君から"様"付けされるのもねぇ」
ウサギの賢者は、鋭くした自分の視線から逃げなかった新人兵士を気に入ったのか、声の調子は聞き取れる限り上機嫌になっています。
ウサギの賢者は小さな顎に、フワフワの手を当てながら更に小さな逆三角形の口を動かしました。
「あの娘は、リリィはワシに恩義があると感じているらしくて、"様"をつけているんだ。
あとね、ワシ自身あまりガチガチで意味がない軍律は、はっきり言って好きじゃない。お茶目なワシの性格にはあわないんだな~」
小さな顎からフワフワの手を外し、ニコリとウサギの顔ながらも穏やかな"大人の笑みを"浮かべます。
「うん、じゃあ"賢者殿"にしようか。もし誰かに名前なんて聞かれても、"ウサギの賢者"で通しちゃって。
ワシも本当なら、アルス"くん"なんて、"くん"付けで呼んじゃいけないんだろうが、もう年下の男の子を呼ぶ時の癖みたいなもんだから、見逃してくれないかな?」
「そちらが楽なのでしたらどうぞ。自分はどちらでも、本当に構いませんから」
アルスは賢者の笑みにつられるようして微笑み、頷きます。
その時、カチャリと音がして、突如アルスの居室の扉がスムーズに開き、金色のカエル――恐らくアルスを最初案内したのと同じカエルが、空を泳ぎながら入ってきます。
金色のカエルは、新人兵士の頭の上を一回りしてから、次にウサギの賢者の方へ行き、賢者が着ている緑色のコートに飛びつきそのまま固りました。
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