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「…………うん。いつもありがとね」
紫苑が笑顔を咲かす。
それだけで、明良はまた頑張れる気がした。
――――――――
「姉さん、学校行ってくるよ」
朝食を終え、食器を片付けた明良は自室へと向かった。
そこで登校準備を済まし、行き掛けに紫苑の部屋を覗く。
「って、寝てたか」
部屋の中央に置かれたノートパソコンと、彼女の書いた本や参考文献が詰まった本棚。
そしてベッドしかない質素な部屋。
クローゼットに何がしまわれているかは、彼の知るところではない。
そこのベッドに、紫苑が涎を垂らしながら横たわっていた。
時折、「おとぉうとくぅん……」と寝言を洩らしている。
少し乱れている布団を掛け直し、明良は眠る姉の頭を撫でた。
すると、彼女は幸せそうにふにゃっと表情を崩す。
「ふふっ……行ってきます、姉さん」
と残して彼は姉の部屋を、そして自宅を後にした。
玄関を開き、家の門を出る頃には明良の雰囲気は変わっていた。
無害な丸みのある雰囲気から、来るもの全てを傷付けるような刺々しい雰囲気へと。
数分歩くと、登校中の生徒が疎らに見えてくる。
幸せそうな顔をした生徒が。
不幸な目にあったことの無さそうな彼らを見ても、明良は羨んだりはしなかった。
彼は自分から心を閉ざしている。し、きちんと心の拠り所もある。
が、それで辛くないかと言えばそうでも無い。
他人を信じようと思えば、彼は楽しい学校生活というものを満喫出来る。
それをしないし、やれない。
その原因の内の一つが、無理解。
幸せそうな彼らは明良や紫苑の苦しみは分からないし、明良達もまた、幸せそうな彼らの思想が理解出来ない。
手短に言えば、うまが合わないというものだ。
下を向いて歩いていると、
「おっはよー! とおるー!」
「わっ! ちょっ、ちょっと禊、止めてよ……」
そんな男女の会話が背後から耳に入り、明良は不快に表情を歪めた。
振り返らずとも誰かは分かるし、彼らとは教室で嫌でも一緒になる。
明良は歩のスピードを上げ、早々と学校へ向かった。
途中で追い抜いた女子生徒――美姫が彼をずっと、見えなくなるまで観ていたが、明良は結局気付かなかった。
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