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彼女だけは――否、正確にはもう二人ほどいるが――風見に対して恋慕の視線を向けておらず、浮かない表情をしていた。
その理由を、明良は薄々勘付いてはいたが、自分には関係の無い事だと視線を本に戻す。
更にしばらくして、彼の隣りの席に美姫が腰を下ろした。
「……おはよう」
「ン……おはよぉさん」
互いに軽く挨拶を済ます。
これまではいつも通りのやり取りだったのだが、今日に限っては違った。
「今日は……早いのね」
「ア……? あぁ、まぁな」
「……昨夜、どうだった?」
「どぉだったって……」
明良は困惑を顔に浮かべる。
別に殺しについての感想を渋っているのではなく、純粋に何故彼女がこうも食い下がってくるのかが解らなかったのだ。
それはクラスにいた生徒達も同様だった。
美姫はあまり口数の多くない生徒どころではなく、必要以上の事を――要するに雑談というものを――滅多に話さない生徒だ。
不良と思われている明良と挨拶を交わすだけで彼らにとっては珍しいことなのに、彼と世間話(?)をするというのは、最早信じがたい事実だった。
例えるなら、誰にも懐かない野良猫が頭をなでさせる程に信じがたい事だ。
「……? どうしたの?」
小首を傾げる美姫に、明良は少々面倒臭そうに返す。
「いや……お前ってこンな話する奴だったっけか?」
「わたしが話すの……そんなに珍しい?」
「まぁ……そりゃ……」
マネジメントの娘なので無下に扱うことも出来ず、話にのる明良。
クラスメイトはそれに対しても目を丸めていたが。
「それで……どうだったの?」
再び訊く美姫。
誰に聞かれても誤解されないよう、ぼかしながら明良は伝える。
「まぁ……何事も無かったよ」
「そう…………。あの姉弟の事だけど……」
明良の眼の色が変わった。
先ほどよりも声の温度を落とし、まるで脅すかのような口調で言う。
「あいつらになンかしたのか……?」
裏の業界では名の知れた上鷺宮の事だ。
目撃者――または生存者――である二人に口封じと称して危害を加えることも考えられる。
しかし、彼女の返答は彼を安堵させるものだった。
「うちで、預かってるわよ。……お姉さんの方は少し苦労しそうだけど、問題は無いわ」
普段から喋り慣れていないせいか、どこか拙い口調の報告。
それを聞き、明良は軽く息を吐いた。
「……二人から聞いたわ。あなたの事」
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