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その校舎が固まった所から全学年共通の校庭、体育館を挟み、大学生が通うキャンパス――F校舎がある。
園児の頃から通う者もいれば、受験で合格し、途中から入る者もいる。
明良は小学部の二年から転入という形でここに通いはじめた。
「君の言う通りか。まあ安心したまえ、君が危惧していることは起きないよ」
右手をぷらぷらと振り、軽快な口調で言う秀紀。
明良はそれを渋々といった形で受け入れた。
「それで――」
秀紀の雰囲気が変わる。
先ほどまでのおちゃらけたそれは失せ、今にも食いかかりそうな危うい雰囲気が明良に当たる。
「――美姫が君に話しかけたという事を詳しく話してもらおうか」
「アンタ、娘の事になると眼の色変わるからな……」
呆れ混じりに嘆息する明良。
彼の言うとおり、秀紀は絵に描いたような親バカだ。
なにせ、明良をこの学園に通わせているのも美姫のためなのだから。
美姫は幼稚園の頃から上鷺宮学園に通っている。
しかし、理事長の娘という事があり、まともに友達が出来なかったのだ。
どころか、やっかみでいじめを受ける事もあった程だった。
そこで明良の登場だ。
秀紀は明良に、美姫を守るように、あわよくば友達になってくれと頼んだのだ。
彼の頼み通り、明良はずっと陰で美姫を助けてきた。
いじめを行った生徒には制裁を加え、危害を加えようとした生徒は事前に防ぎ、襲おうとする生徒は去勢するなど、あらゆる手段を使って。
しかし、友達になるという頼みについては未だに達成できていなかった。
それは美姫があまり人と接しないという事もあるが、明良の人間不信も原因の一つだ。
秀紀もそこは理解しているので、守ってくれているだけで満足はしていたらしい。
それがだ。
高校一年生の今になって美姫が明良に積極的に話しかけてきたのだ。
これを、友達ができる兆しと思わない手はないだろう。
「話掛けてきたっつっても、今朝の世間話を抜いたら、授業の確認程度だったぞ?」
「ふむ……とりあえずその話した内容をすべて教えてくれ」
「……わかったよ」
明良は、「おはよう」から始まる美姫の言葉を自分の返答を交えて話した。
それを受け、秀紀は顔を綻ばせる。
「そうか……あの子が、自分から……。これは、母さんにも言わなくては……な」
その表情は裏で黒い仕事を積み重ねてきた男の顔ではなく、ただ一人の、娘思いの父親のそれだった。
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