130人が本棚に入れています
本棚に追加
明良の激昂の理由。それは早く家に帰りたいという欲求から来るものだ。
ホームシックかと思われるだろうが、彼にとって心休まるどころか落ち着かないところである学校に身を置くのは、中々のストレスだったりする。
しかし四宮からも「悪いんだけど、残って貰えないかしら?」と言われてしまい、渋々残ることにした。
あまり波風を発てる事を良しとしない明良は、教師の頼みに素直に従い、極力接触を避けようとする。
彼は勅使河原を睨むが、それを気にせず彼女は一言礼を言ってから、
「ごめんなさいね。でもどうしても気になって……」
質問を再度口にした。
「もう一度訊くわ。あの時、あの人達を抑えたのは木原くん?」
「さぁて、どぉだかな」
答えを返さない明良に嘆息し、勅使河原は四宮の方へ身体を戻す。
そしてとうとうと語りだした。
「あたしは、中学の頃まで透のことが好きでした」
「そう……。そういえば、勅使河原さんと風見くんは幼なじみだったわね」
勅使河原と四宮の会話を明良は無機質に眺め、耳を傾けている。
「でも、この前の春休みにある事があって、透に対する好意が消えたんです」
「さっきから言ってる、あの時やあの事って?」
「すみません……それは、言えません」
「木原くんは知っているの?」
四宮が明良に話を振るのは自然な事だろう。
勅使河原が彼をここに残したという事は、明良がその『話せない事』に少なからず関わっているという事だ。
当然彼は知っていた。少なからずどころか、かなり。
しかし明良は、
「どうでしょうね」
と煮え切らない事を言うばかりだ。
しかしそれも当然の事で、その『話せない事』が秀紀から言い渡された仕事なのだ。
それよりも彼は、内心『木崎』である自分を勅使河原というクラスメイトに見抜かれた――かもしれない――という不覚に歯噛みしていた。
「でも、好意が消えたなら。離れればいいんじゃないの?」
話を戻す四宮。
しかし勅使河原は尚も表情を曇らせる。
「でも……また透があの事みたいな事をするかと思うと、眼を離せられなくて……。それに、あの事があたしのせいとも思えて……」
彼女の話を聞く四宮は困惑を露にする。
肝心な『話せない事』、『あの事』の全貌を掴めていないからだ。
それとは対照的に、明良は理解した上で呆れたような表情を浮かべる。
最初のコメントを投稿しよう!