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その後、特に誰と接触するでもなく明良は自宅へ帰った。
紫苑のいる、彼にとって心の底から安心して腰を据えることのできる『我が家』へと。
「ただいま」
扉を開け、玄関を通る。沓脱で脱いだ靴を揃えてから階段を上る。
今更ながら、沓脱には明良の通学用の靴一足しかない。
靴箱にも彼の仕事用の靴が一足だけ。
そこに紫苑の靴は無い。必要が無いからだ。正確には、使う機会が全く無いから。
一度自分の部屋に鞄を置いてから、紫苑の部屋へ入る。
「おっかえりぃ!!」
瞬間、明良の首に何かがぶつかると同時に巻きついてきた。というか紫苑だった。
ぐっすり眠ったおかげか隈は取れ、とてもすっきりした顔をしている。
いつもはつけっ放しになっているパソコンのディスプレイも今は閉じられていた。
「仕事終わったの?」
「うん! おきて速攻終わらせた!」
明良に訊かれ、紫苑は満面の笑みで仕事の終了を報告する。
「ところで、重いから離れて?」
「わかった!」
今朝とは打って変わって活発な紫苑。
しかし、普段の彼女がこちらで、今朝のポケポケした彼女は仕事で詰まった時にしか出ない。
仕事が終わった事も加わり多少は通常よりも明るいが、それでも普段と概ね変わらない程度である。
明良の首からパッと離れベッドに腰を掛けると、彼女はポンポンとその隣を叩いた。
それを『隣に座れ』という合図と取った彼は、そこに静かに腰を下ろす。
「今日はわたしがご飯作るから、おとうとくんはゆっくりしててよ!」
「いいの?」
「いいのいいの! いっつもおとうとくんにまかせっきりなんだから! ほら、今日は部屋も掃除したんだよ!」
言われて部屋を見渡すと、確かに今朝に比べ綺麗になっている。
だが、普段から明良が甲斐甲斐しく面倒を見ているので、部屋は常に清潔を保っている。
故に、どれほど紫苑の成果があるのかは毎日その部屋を見ている彼らにしか分からない。
他人が見たら「ん?」と首を傾げるほうが自然とも言えるほどだ。
「おつかれさま」
しかしそんな事を気にせず、労いつつ彼女の頭をなでる。
「えへへ」と顔を綻ばす紫苑を、明良も慈しむように見ていた。
その側ら、彼は今日の事を振りかえる。
惰性の日々とは違う一日を。
伴い、勅使河原と風見が居合わせてしまった『あの事』も脳裏を過った。
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