勅使河原椿 ~変化~

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―――――――― 「……ぁ、姉さん」 眼を覚ますと姉の顔が眼前に迫っていたせいで、明良は一気に意識が起きた。 それを見て紫苑は唇をつり上げ、「起きた? もうご飯できたよっ」と簡易テーブルに置かれた夕飯を指さす。 「あぁ……ごめん、寝てた」 「いいから。一緒に食べよ?」 相好を崩す姉に誘われるがまま、明良は頭を掻きつつテーブルの前に腰を下ろす。 「いただきます」 「はい、召し上がれ」 両手を合わせる二人。 その動作を終えると明良はみそ汁を啜った。向かいでは紫苑がこちらの反応を待つようにジッと見ている。 「おいしい?」 小首を傾げる姉に「うん、旨いよ」と返すと、彼女は途端に笑顔を咲かす。 照れを隠すかのように、紫苑も明良に続いてみそ汁を啜った。 お椀を置くと、彼女はテストで良い点を取った子供の様に、 「今日はね、ハンバーグが上手に焼けたんだよっ」 と両手を振って言う。 それを微笑ましく思いつつ、彼は姉が自賛していた拳大のハンバーグに箸を付ける。 「おとうとくん、何か良い事あった?」 肉の後に白米を頬張った頃、紫苑が唐突に切り出した。 それに戸惑い「どうして?」と返すと、彼女は頬笑み、 「なんかね、おとうとくんの雰囲気がいつもより柔らかいから」 と言ってみそ汁に口を付ける。 そう言われ、明良は再び今日の出来事を振り返った。もちろん、勅使河原の事ではないが。 思い出されるのは秀紀との会話。そして無表情な美姫。 「そういえば、当分は仕事が入らないかもって」 「ほんと!? じゃあ家にいたりする!?」 「多分ね。後は……」 良い事――かどうかは分からないが、変わったことである美姫の事も口にしようとする明良。 が、弟の家にいる時間が増える――かもしれない――という報告に浮かれ、既に彼の話は聞こえていないようだった。 それを察し、明良も言葉を止め漬物をつまむ。 ―――――――― その後も紫苑のご機嫌状態は収まる事も無く、夕飯の片付けの時も、部屋で明良と談笑する時も、常に笑顔を絶やさなかった。 そこまで笑顔になるのであればもう少し時間を増やそうか。 そんな一家の父親めいた事を思う明良だった。
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