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木原明良は深い息を吐いた。
後ろ手に組まれ、縄を巻かれた両腕を動かす。が、縄が少し擦り合わされるだけで、緩む気配は無い。
しかし彼はその事に嘆息しているのではない。
周囲に上鷺宮美姫、風見透、勅使河原椿、榊原禊、そして風見の取り巻きの残り二人である三神弥生(みかみやよい)、見崎夕陽(みさきゆうひ)が同じように縛られている。
その事を明良は、酷く面倒に感じていた。
迂闊に動けば、彼らの命が危ないからだ。
けれど、自分達を取り囲む目だし帽をかぶった、凶器を持っている五人を撃退して彼らを救出する事は雑作も無い事。
問題は事後処理なのだ。
今起こっている事態は、明良が危惧していた『あの事』に関わりのある事態だ。
もしも勅使河原に怪しまれている状況で、彼が五人を撃退しようものなら彼女の疑惑はより深まるだろう。
それを煙に巻く、丁度良い言い訳が見つからない。
なんでこんな事に……。
そう胸中で嘆きながら、明良は現在に至るまでの経緯を回想していた。
時は勅使河原に教室へ残された日から一週間程経った日――つまり今朝まで遡る――――……。
――――――――
「おはよう」
「あぁ……おはよぉさん」
登校し、机に腰を下ろし、鞄から机へ教科書を移しながら、習慣となりつつある挨拶を交わす明良と美姫。
あの姉弟と関わった仕事の翌日から三日目程までは美姫の豹変した態度と、クラスメイト――否、学校中の好奇の視線に辟易としていた彼だった。
しかし、人間は慣れる生き物だ。
流石に一週間も経てば、明良も美姫の態度に慣れ、好奇の視線は気にならなくなった。
勅使河原の視線だけは変わらず明良を捉えているが。
あれ以来直接的な接触は起きておらず――避けていたためだが――、惰性の日常と比較的変わらない日々に浸透していた。
けれども、美姫や勅使河原とはまた違う変化が、明良のもとに訪れたのだ。
「木原くん、上鷺宮さん、おはよう」
「あぁ……?」
「……?」
突然横から掛けられた爽やかな声に、明良と美姫は頭上に疑問符を浮かべながら反応する。
風見が、いつもの取り巻き四人を引き連れて美姫の席の左に立っていた。
「……」
「……」
挨拶を返す事も無く、二人は読んでいた文庫本に視線を戻しす。
美姫はどうか知らないが、明良は風見に好印象を抱いていない。むしろ嫌いだった。
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