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上鷺宮美姫を誘拐しようとした連中がコンクリートと共に東京湾に沈された翌日。明良は屋上のフェンスに体重を預けていた。
彼と向かい合うように、勅使河原椿が、深刻そうな面持ちで立っている。
「で、どぉしたンだよ。こンなとこに呼び出して」
風が二人の髪を弄ぶ。
沈黙の中、先に口火を切ったのは明良だった。
若干の間を置いてから、勅使河原はゆっくりと口を動かす。
「……昨日、透に聞かれたわ」
「あぁ、あのバスジャックの事か?」
「そうよ。やっとその頃の記憶が虚ろだったのを実感したらしくね」
「で、あのガキの事は?」
「今日、病院に行ってくる。その時に、詳しく説明するわ」
「結局てめぇも付き添うのかよ」
勅使河原の決断に、明良が相好を歪ます。
そもそも、勅使河原には何の責任もないのだから風見に付き合う必要は皆無なのだ。
彼らが中学から高校に進級する年の春休み。二人と、他にはこの場にいない美姫と風見。
彼らはバスジャックに遭った。
明良は買い物の、美姫は塾の、風見と勅使河原はデートとしか思えない外出の帰り。バス内は全席が埋まる程に人が乗っていた。
陽が傾き始め、空の青が徐々に茜色に染まってきた頃に、それは起こった。
――――――――
バス停で電車が止まった瞬間、明良の携帯が鳴った。
着信音は仕事用のモノ。つまり秀紀からだ。
それに出ようとしたが、野太い男の怒声がそれを阻害した。
黒の目出し帽を被り、それぞれ拳銃を翳す四人の男。
バス内は戦慄した。
老人は小さな悲鳴を洩らし、子供は癇癪を起す。
一人が運転手に銃口を突きつけ、何か命令を出す。
気付くと、バスの後方からはサイレンを鳴らす警察特有の車が追ってきていた。
大方、もう一人が持つボストンバッグを見る限りは強盗か何かの逃亡中というわけだろう。
明良は強盗犯(仮)に気付かれないように携帯を開く。
すると着信ではなく、電子メールが一着届いていた。
メールの主から娘を頼まれている彼は、ジャックに遭っているにも関わらず怯えた様子を見せない、澄まし顔の美姫に視線を配りつつ、内容を確認――しようとした。
強盗犯(仮)の一人に、風見が突進をかましたのだ。
乗客者達は小さな歓声を上げるが、そうでない者も数名いた。
美姫は呆れたように嘆息し、勅使河原は危険を冒した幼なじみを心配そうに見遣る。
明良は焦燥に駆られた。
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