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あいつは馬鹿か。
明良は無謀な少年を睨んだ。
もしも怒りに狂った男の持つ拳銃が火を吹いたらどうなるか。
それを危惧したからだ。
その上、被害は彼が守るべき美姫だけではなく、このバスに乗車する無関係な人々全員に及ぶ可能性もある。
その考えなしの行動が、この場にいる全ての人々に牙をむくからだ。
そして、明良の恐れていたことは現実となった。なってしまった。
強盗の持つ銃が、その男の近くに座っていた少女に向いた。
その光景に、乗車していた人々が目を剥く。
見せしめだ。
男はそう言ってから、発砲した。
少年――風見は気を失っていた。
明良は止めようとしたが、間に合わなかった。
少女が、まだ歳が二桁も越していないだろう少女が身体から赤黒い液体を噴出させて、首をガクンと項垂れさせた。
悲鳴。
絶叫。
嘲笑。
全てがバス内で響き、混じり、溶ける。
悲劇の引き金を引いた風見は頭でも打ったのか、地に伏したまま。
美姫と勅使河原は茫然と少女を見ていた。
明良の行動は、今更ながら速かった。
バスが止まった瞬間、こういう事態に備えて懐に入れていた発煙筒を、少女を打った男に向け投擲する。
バス内が、煙に包まれた。
中の声が戸惑いのざわめきに統一される。
明良はその中、男の元まで一気に駆け、彼の顔面を鷲掴みにし、座席シートへ叩きつけた。
崩れた男を放り捨て、残りの三人へ接近する。
一人は首筋に手刀を入れ、
一人はスタンガンを当て、
一人は首に絞め技を入れ、
昏倒させた。
煙が晴れる頃には、彼はすでに座席へ付いて救急車を呼んでいた。
いつの間にか倒れている縛られたジャック犯を、乗車客のほとんどがわけもわからず見ていた。
――――――――
それが、明良達の遭遇したバスジャックだ。
撃たれた少女は植物状態。
一応、いつ眼を覚ましても不思議ではない状態まで回復しているらしい。
明良がある人物から聞いた情報だ。
これも聞いた情報だが、風見はその事件を覚えていないらしい。
故に、一人で謝罪に行った勅使河原だけが、罵られたそうだ。
「てめぇが付き添う必要はねぇンじゃねぇか?」
明良の言葉に、勅使河原が首を横に振る。
「これからも、あいつと一緒にいンのかよ?」
「いや、多分、もうこれっきり」
「……そぉかい」
まっ、頑張れ。
そう残し、彼は屋上を後にした。
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