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「というより、誰も悪くなかったんですよ。きっと……」
視線を明良から娘へ移し、母親は遠い目をする。
「強いて言うなら、運が悪かったんですよ」
そう言った彼女の顔は、言葉と裏腹で悔しげだった。
唐突に娘を失ったことについての慟哭を、どこにぶつければ良いのか、わからなくなっているような表情だ。
しかし、絞り出すようにそう言ったことにも、わけがあるようで、
「……あの事件があった翌日ね」
彼女はそれをとうとうと語りだした。
「ジャック犯に突進した男の子の幼なじみって名乗る子が来たのよ」
おそらく勅使河原だろう。
明良はすぐに分かった。
「ただね、私……彼女は何も悪くなかったのに、頭を下げるその子に、酷いことを言っちゃって……」
それを負い目に感じていたのだろう。
できる事なら謝りたい。
そう語るような眼。
明良は彼女のその眼に見覚えがあった。
いつも、彼の姉である紫苑がしている眼だ。
「…………ごめんなさいね? こんなおばさんの愚痴に付き合わせちゃって」
「いえ……」
気まずい空気が流れ、沈黙が空間を包む。
それを破ったのは、突如開かれた引き戸だった。
もう勅使河原が……?
そう思った明良は視線を遣るが、その予想は外れた。
「あれ? その兄ちゃん誰? 叔母さん」
ベッドで横たわる少女と同い年程の男の子だ。
乱れた短髪と汚れた服を見る限り、やんちゃな印象が受けられる。
「ああ、雄治くん。こちらはね……翔子のお見舞いにきてくれた人よ」
「へぇ……」
見定めるように明良を観ると、雄治と呼ばれた子はニッと快活に笑い、「おれ、雄治ってんだ。兄ちゃんは?」と訊ねてきた。
「よろしく雄治くん。オレは明良っていうんだ」
「よろしくなっ、あきら!」
こちらは?
視線で母親に問う。
それを察した彼女は思い出したように唇を動かす。
「翔子のね、従弟なの。毎日お見舞いに来てくれてね」
「そりゃなっ。翔子と一緒にいたいし」
おや? と明良は首を傾げた。
どう見ても彼は小学生だ。
普通なら、『べ、別に? ひまっだったし?』のような天邪鬼な答えを返すのが定石だ。
しかし彼は恥ずかしがるどころか、むしろ誇らしげにベッドの少女の身を案じた。
「翔子ちゃんのこと、好きなの?」
「うんっ」
即座に首肯を返す雄治に、明良の頬が緩んだ。
自分も、こんな純粋な時があったな、と。
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