序 ~日常~

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「ノックくらいしたらどうなんだ?」 部屋に入ると共に、批難めいた声が明良の耳に入る。 「今更ンな事気にする間柄でもねぇだろ」 「親しき仲にも礼儀あり。というかそもそも君は生徒で、儂は理事長だぞ?」 夕陽をバックにしているせいで、堂々と腕を組んで座る男の顔は見えない。 けれど夕陽が無かったところで、彼は常にサングラスを掛け、鍔付き帽子を深く被っているので、結局素顔を視認することは出来ないだろう。 服装はピシッとした漆黒のスーツ。 下にはパリッとしたワイシャツに紅いネクタイ。 理事長というよりは、洒落た紳士のような印象を受ける服装だ。 一応三十路なのだが、二十代前半にしか見えない。 「にしても相変わらず何も無い部屋だな」 礼儀という観念を微塵も感じさせない言葉遣いを直そうともせず、明良は部屋を見回す。 一般的な理事長室――または校長室――は、歴代の理事長の写真や、トロフィーや賞状等の生徒が残した功績の証が飾ってあるものだ。 しかしこの部屋にはそれが無く、あるものといえば、立派なデスクに黒いふかふかしてそうな回転椅子くらい。 客人用の机や椅子も無い。 「儂は客人を、我が聖域ではなく応接室で相手するのだと、何回言わせるつもりだ」 理事長室を『我が聖域』と称したこの男が、私立上鷺宮学園(かみさぎのみやがくえん)現理事長上鷺宮秀紀(かみさぎのみやひでのり)である。 彼は引き出しからファイルを一つ取り出し、それを目の前に寄ってくる訪問者に向けて差し出す。 明良は面倒臭そうにそれを受け取った。 「今回の依頼は、かなり怨念が籠っているぞ?」 「は?」 秀紀の言葉に眉を潜めながら、ファイルに挟まれている紙を一枚取り出す。 そこには小さな写真が一枚、そして写真に写る人物の情報が記されていた。 それを無言で視認し、情報を頭に入れようとする明良に、秀紀は説明を続けた。 「何せ、依頼人が二桁だからね」 「はぁ? じゃあ何か? 殺しなンて者にそンだけの人数が関わってンのかよ」 「そうだな。と言っても、ターゲットはそいつ自身ではなく、そいつの組織全てさ」 秀紀の説明に呆れ、深くため息を吐いた明良。 それも当然だろう。何故なら―――― 「ヤクザの組一つを、一人で潰せってのかよ?」
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