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彼は雄治の頭に手を置き、ぐりぐりと撫でまわす。
「なんだよぉ」とくすぐったそうにしつつも、少年の表情は嫌がっているものではなく、むしろ嬉しそうなものだった。
「頑張れよ、素直な男は強くなれるから」
「本当!?」
「ああ。オレや、風見みたいにはなるなよ?」
「……?」
首を傾げる少年に笑みを返し、手を放す。
そして「では、これで」と頭を下げる。
「あら、もういいの?」
「ええ」そろそろ、勅使河原達がくるかもしてないからだ。
そこから先のことは、あの二人が自分たちで決める事である。
「兄ちゃんかえるの?」
「おう」
「また来いよっ。今度いろんな話聞かせてやるから!」
満面の笑みを浮かべる雄治に「そりゃ楽しみだ」と言うと、明良は病室を後にした。
終始口角は上がっていた。
微笑ましく思ったのは事実だ。
少年に、純粋なまま強くなってほしいと。自分のようにならないでほしいと願ったのもそうだ。
しかし、彼にはもうここを訪れる気はなかった。
ここにいると、光に潰されそうだから。
来た道を帰り、自動ドアを通ろうとした瞬間、明良の動きが一瞬だけ止まった。
勅使河原。と、彼女に腕を引かれる形で連行されている風見と、ばったり遭遇してしまったからだ。
「あれ? 木原じゃん。なにしてんの?」
「なんで……」
きょとんとする風見と、目を丸くする勅使河原。
「別に」とだけ返し、彼はそのまま彼らを素通りしようとした。
刹那、
「ありがとう」
勅使河原がそう言った気がした。
この時、風見の視線を明良は感じていた。
それを面倒がらず、今この場で対処しておけば、未来は変わっていたのかもしれない。
――――――――
翔子という少女の元へ見舞に行った翌日、いつも通り紫苑と朝食を摂り、いつも通り美姫とあいさつを交わす。
そしてまた、いつも通りに腰を下ろし、ライトノベルを開く。
今日の本は紫苑の本ではなく、彼女の先輩に当たる人物のそれだった。
京小鳥(みやこことり)。
姉と同等の人気を博する作家だ。
ある人経由の情報で、京小鳥もこの喜多守市に住んでいるとも聞いたことがある。
しかし、自宅から出る事の出来ない紫苑からしたら、さして拘りのないことだが。
文庫本を一、二ページ捲ると、彼の懐が震えた。彼のプライベート用の携帯だった。
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