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怒り心頭の榊原と教室の扉を、おろおろと視線を行き来させる勅使河原。
そんな彼女に、一人近づく。「椿」
振り返ると、風見の取り巻きの一人――見崎夕陽が、先ほどまで勅使河原が見ていた方へ視線を遣っている。
「夕陽……」
「気になるのは委員長? それとも、木原くん?」
「…………」
沈黙をどう解釈したかは知らないが、見崎は「ふぅ」と吐息を零すと、自席へ着く。
それは普段とは違う光景だった故、勅使河原は疑問を覚えた。
既に風見の傍にいるのは榊原一人で、三神弥生も見崎同様席へ着いている。
「あ……椿」
風見が声を掛けるが、彼女は申し訳程度に頭を下げると、そそくさと自席へ腰を下ろす。
風見とは、昨日、あの病室で決別した。
一歩を踏み出す決めてとなったのは何なのか、勅使河原にはまだ分からない。
ただ明良に礼を言ったあの瞬間、肩の重荷が軽くなったような気がしたのは確かだ。
翔子の母に頭を下げられた瞬間、それがスッと落ちたような気がしたのも確か。
恋心の冷めた相手に、周囲のハーレム要員同等に接する必要もない。
むしろそれは、これから彼女が惚れる男に誤解を招くだけであろう。
風見に、あの少女へ謝罪させたことで、彼女は初めて、あの事件から解放されたのだ。
問題しか振り撒かない幼なじみには、極力係わりたくないだろう。
いつもと違った反応を見せる榊原は、小首を傾げるだけですぐに風見へと抱き着く。
それを宥めつつ、彼も席へ着いた。
――――――――
『ハハハ、それはすまないことをした』
「笑い事じゃねぇンだよ、くそがっ」
携帯を耳に当てた明良が毒を吐く。
通話の相手は、件の元凶――雨宮漱助である。
『しかしいいんじゃないか? これでアホな連中は、貴様に手代をしないだろう』
「元からンな奴いねぇっつの」
『まあ、貴様の怒声はこちらのクラスまで聞こえたぞ?』
「チッ。要件はそンだけか? なら切るぞ」
『どうぞ。また凶器の実験頼んだぞ』
抜かせ、と吐き通話を切る。
勢いで出てきてしまったとはいえ、行く宛も無いので、彼は大人しく自宅へ向かっていた。
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