始まった夜

4/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
飛んだ、というより浮かび上がった、という方が表現が正しいのかもしれない。 でも、そんなことその時の僕には関係なかった。 彼女の寒そうなその細い足は地面から離れていく。 嘘だ。なんで、重力に逆らって・・ これは現実なのだろうかと、目をこする。 こすってもこすっても目の前の光景は変わらない。 少しずつ 少しずつ浮かび上がっていく彼女。 風が取り巻いているかのように髪が上になびき、上着の裾がはためいている。 見える彼女の横顔はだいぶ均整のとれた綺麗な顔。 が、その瞳はどこを見ているのかわからい。 トランス状態のように彼女の視線は定まっていない。 全てが不気味で声が出なかった。 気づくと僕は、浮き上がる彼女の手を引き、広場の入り口へ走り出していた。 “彼女を隠さないと” そんな思いが僕を走らせた。 つかんだ時、彼女の体重はまるでないかのように軽くて 風船を引っ張っているような感覚がした。 彼女は女だった。 例え尋常ではないとしても 男の僕も一緒に空へと持ち上げることはできなかったらしい。 一歩、二歩駆けるごとに彼女に纏わり付く風の軽さは解けていく。 段々と体重が戻り重くなっていく。 彼女の足は風から放されたように地面に着き、地面と擦れ、何かにつまづいたようで 僕はつまづいた彼女に引っ張られる形で共に盛大に転がった。 口に広場の砂が入って砂利つく。 そして擦れた左頬がジンジン痛い。 転んで軽い傷を負ってから、自分は何をしていたのか、と気づいた。 自分の背中に被さるように折り重なる彼女の体。 力が入っていないみたいにぐったりしてずしりと重い。 ウゴカナイ。ピクリとも。 彼女は変だ。 彼女の体を急いで退かして 僕は逃げ出した。 ん、と彼女はその時身じろいだ気がした。 彼女の傷は大丈夫だろうか、 こんなところに一人置いていって大丈夫だろうかなんて考える余裕もなく 走った。 異様なものに対しての恐怖と それをほんの数分か不思議に思わなかった自分が、空恐ろしかった。 ちらと広場から走り去る間際に振り返って見た彼女は、ぼんやりと星を見ていた気がする。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!