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――チッチッチッチッチッチッ……
暗闇の中に響く、置き忘れた掛け時計の秒針の音。
規則正し過ぎる雑音にじっと耳を傾けていると、少しずつずれて聞こえてくる。
目の前の暗闇の中には、乱雑に散らかるテキストや書類がうっすらと浮かんで見える。
わたしは埃っぽい事務所の中で、錆び付いた椅子に座り、第6ゲートが開くのをじっと待っていた。
ポケットから携帯を出し時間を確認する。
“23:55”
ゲートが開くまであと5分……。
静かに目を閉じる……
浮かんで来るのは、オサムくんの戸惑った顔。
さっきは思わず怒鳴ってしまった。
わたしを独りにしないように気を使ってくれたオサムくんに対して、酷い事をしてしまって凄く後悔している。
でも、わたしにはどうしても1人でここに来なければいけない理由があった。
ごめんね……オサムくん。
――チッチッチッチッチッチッ……
審判の時が刻一刻と迫ってくる。
これから訪れる転移に不安を感じ、歯車が刻む一秒という一定の間隔が、もっと長くあって欲しいと願ってしまう。
わたしは不安を掻き消す為に、携帯のストラップをギュッと握った。
あの人に貰った大切なストラップ。
霞んだ記憶の中に勝ち気に笑うあの人の顔が浮かんできて、冷え切った体を温めるように、わたしの不安がジワリと和らぐ。
どんなに記憶が失われてしまっても、あの人の温かい笑顔だけは最後まで忘れたくない。
あの人は、わたしにとって太陽のようにかけがえのない存在だから。
試験管で生まれた記号でしか無いわたし達に、一人一人名前を付けてくれて、本当の弟妹のように接してくれた。
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