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無言で俯いた私に、穏やかで優しい声がまた囁いた。 「ん? 送りますよ」 「い…いえ…いいです」 帰る家を捨てて来たんだもの、どこに送ってもらうって言うんだろう。 私はたまらずに、走ってその傘の人から離れた。 走って走って…水溜まりに足が濡れても構わなかった。 靴の中に水が入り、気持ち悪さに脱ぎたくなっても、誰もいない所へ行きたくて、無我夢中で走っていた。 「…あっ…」 道を渡ろうと、歩道から車道へ出た所で、何かに足をとられて捻ってしまったみたい。 「…いた…い…」 痛みが走った右足を見ると、ヒールがコンクリートの割れ目にはまって、足首を捻挫してしまったみたいだ。 「あぁ…なんてこと…」 上から下までビショビショで、もう歩けそうにもないし、踏んだり蹴ったりってこういう事ねと思いながら、フッと笑ってみた。
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