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「天狗さまを疑ったりしたらいかん。いっぱぁえ悪いことが起こるそうらこて」
私の祖母は、天狗堂に行くたびにそう言って幼い私を怖がらせた。
「天狗さまを大事にせんと、天狗さまが怒って悪さするというこっさ。おっかねぁ…おっかねぁ…」
村松町のお寺には、周りを杉の木で囲まれた天狗堂という小堂がある。
周りに茂る杉の木は‘天狗杉’と呼ばれ、昼間は近所の子どもたちの遊び場となっている。
小堂はいつもきれいに掃除されていて、お花やお菓子など、いろいろ備えてあった。
お堂のそばには大きな天狗下駄がある。
天狗が履いていると言われる乗用車ほどの大きさがある下駄のオブジェだ。
観光に来た人たちはみな、珍しそうに通り過ぎてゆく。
「おばあちゃん、天狗なんて見えないよ?」
「ほぉだ、天狗さまは普通は目に見えないもんだのんし」
私が聞くと、祖母はまるで何かを捜しているかのようにギョロギョロした大きな目を虚空にさまよわせて言った。
私も上を見てみたが、木々がうっそうと茂っているだけで何も見えなかった。
「嘘つき、本当は天狗なんていないんでしょ?」
「きょっ!みっちゃん、そんがぁごと言わねぇほうがええ。天狗さまが怒って、みっちゃんの魂を引っこ抜いて持ってくがんだ。おらのお母もすっけぇんごと言ってたてや」
そう言って祖母は私の胸から何かを引き抜いて空に投げる仕草をした。
「おばあちゃんの嘘つき!」
私は怖くなって祖母の手を振りほどこうとしたが、祖母は手を離してはくれなかった。
逆に顔を近づけられて、私の顔にすえた臭いのする息がかかった。
「そんつらごとねぇ。天狗さまは不思議な力を持ってるけぇ、なぁんでもお空に飛ばしよる。昔、天狗堂のお供えもんを盗んだ奴が急にいのぅなって、村人みぃんなで捜したら天狗杉の根元でくたばっちまってただ。天狗さまに悪さをすっと、みぃんなくたばっちまうんだのんし。こわぃょなぁ、みっちゃん」
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