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ある日、祖母と買い物をしている時に私はクラスの男子に呼び止められた。
「おう、東京もん。今がら天狗杉登りの競争しに行くがんだが、おめぇも来るか」
天狗杉、と聞いた途端、先日の祖母の言葉が頭をよぎった。
‘とった魂はこの世とあの世の間で捨てられるがんだて’
「私、行きたくないな」
声をかけてきた男子はクラスの悪大将的存在だ。
本当は断ったりして余計な波風は立てたくない。
私は小さな声で答えた。
「そいあどんがぁつもりだ」
案の定、男子はイラつき始めた。
俺様がせっかく転校生を誘ってやっているのに、断るとは何様だ。
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「天狗杉は天狗さまがお昼寝するところだから…大切にしないと天狗さまが怒るもん」
少しの沈黙のあと、男子たちは堰をきったように笑いだした。
「天狗なんて空想上の化けもんじゃ。村松では、悪いごとも滅多と見たごとはねぇ」
悪大将は蛍光黄色のTシャツを着ていた。
まぶしすぎて鼻がかゆくなった。
私はくしゃみしたい気持ちを抑えて、さらに反抗した。
「天狗さまはいるもん!ね!おばあちゃん」
天狗を信じていたわけではなかったが、気付くとそう言っていた。
だって、疑うようなことを言ったらおばあちゃんが傷つくし、もしかしたら、もしかしたら魂を引っこ抜かれてしまうから。
「天狗なんて怖くないがんだ!東京もんは肝っ玉が小さいすけぇ、そんがぁナヨナヨしてるんじゃ!」
男子たちはそろって私を馬鹿にして去って行った。
遠くに行ったまぶしい黄色が陽炎に揺らめき、とうとう私はくしゃみをした。
男子たちがいる間、祖母は無言だった。
悲しそうな、怒っているような、そんな難しい顔をしていた。
「いこ、おばあちゃん」
私はいたたまれない気持ちになって、祖母の袖を引っ張った。
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