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「じゃあ、もういいかい?」
「ああ」
俺は、即決する。熟考はおろか、迷う事すらしない。
日和の意見は訊かない。分かっているから。
「和君」
日和が、俺を呼ぶ。
「日和」
俺が、日和を呼ぶ。
「それじゃ、いってらっしゃい」
その言葉を最後に、俺たちの意識は途絶えた。
次に気がついた時、そこは、白の世界――ではなく、木々に囲まれた空間だった。
「そうだ。日和は……?」
居た。
すぐ隣。首を右に90°程捻れば、見えた。
外傷はなさそうだ。とりあえず、安堵を覚える。
俺の心配を余所に、すやすやと眠っている。
脱がせたろかこら、とお茶目な思考が過(よ)ぎるが、色々まずい気がするので断念。
素直に、起きるのを待つ事にした。
と、思い立ってすぐ、日和がもそりと動いた。
がばっと起きたかと思うと、辺りを見回す。
俺を見つけて、そして――。
日和は俺に、抱き付いた。
「ねえ和君」
抱き付いたまま、顔を俺の胸にうずめたまま、日和が言った。
「何だ?」
「昔、約束したよね?」
――良かった。覚えていてくれた。
それは脆い口約束。束縛力を持たない、鎖。
「ああ。ずっと守ってやるぞ?」
「ごめん」
何に対して?
日和は、何に対して、謝罪をしているのだろうか。
そんな俺の疑念は、嫌な形で、払拭された。
「約束、守れそうにない」
刹那、俺の中で、何かが崩れ去った。
「それってどういう……。って、まさかっ!?」
「多分、それ違う。そうじゃない。守れなさそうのは、もう一つの方」
そう言う日和。日和の言葉が正しければ、そのもう一つは――。
「『一生友達』……」
「そう、そっち」
それが守れないって、どういう――。
ふにっ。
俺の唇に、柔らかな何かが、触れた。
色々危惧していた事は、全て吹き飛ばされた。
思わず見開いた目に、視界一杯に映るのは日和。
とても近くて、でも、昔から当たり前だった距離。昔から敬遠していた行為。
「日和?」
俺の口から漏れた第一声が、これだった。
「もう、守れない。『一生友達』なんて、やってられない。“友達”なんて、耐えられない」
いつも以上に饒舌に、早口に、日和は言葉を紡ぎ出す。
「恋人じゃなきゃ、耐えられないっ!」
そして気持ちを、織り上げた。
言われて初めて分かる。
頭を打たれたように、という比喩の、その意味が。
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