第一章

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「じゃあ、もういいかい?」 「ああ」 俺は、即決する。熟考はおろか、迷う事すらしない。 日和の意見は訊かない。分かっているから。 「和君」 日和が、俺を呼ぶ。 「日和」 俺が、日和を呼ぶ。 「それじゃ、いってらっしゃい」 その言葉を最後に、俺たちの意識は途絶えた。 次に気がついた時、そこは、白の世界――ではなく、木々に囲まれた空間だった。 「そうだ。日和は……?」 居た。 すぐ隣。首を右に90°程捻れば、見えた。 外傷はなさそうだ。とりあえず、安堵を覚える。 俺の心配を余所に、すやすやと眠っている。 脱がせたろかこら、とお茶目な思考が過(よ)ぎるが、色々まずい気がするので断念。 素直に、起きるのを待つ事にした。 と、思い立ってすぐ、日和がもそりと動いた。 がばっと起きたかと思うと、辺りを見回す。 俺を見つけて、そして――。 日和は俺に、抱き付いた。 「ねえ和君」 抱き付いたまま、顔を俺の胸にうずめたまま、日和が言った。 「何だ?」 「昔、約束したよね?」 ――良かった。覚えていてくれた。 それは脆い口約束。束縛力を持たない、鎖。 「ああ。ずっと守ってやるぞ?」 「ごめん」 何に対して? 日和は、何に対して、謝罪をしているのだろうか。 そんな俺の疑念は、嫌な形で、払拭された。 「約束、守れそうにない」 刹那、俺の中で、何かが崩れ去った。 「それってどういう……。って、まさかっ!?」 「多分、それ違う。そうじゃない。守れなさそうのは、もう一つの方」 そう言う日和。日和の言葉が正しければ、そのもう一つは――。 「『一生友達』……」 「そう、そっち」 それが守れないって、どういう――。 ふにっ。 俺の唇に、柔らかな何かが、触れた。 色々危惧していた事は、全て吹き飛ばされた。 思わず見開いた目に、視界一杯に映るのは日和。 とても近くて、でも、昔から当たり前だった距離。昔から敬遠していた行為。 「日和?」 俺の口から漏れた第一声が、これだった。 「もう、守れない。『一生友達』なんて、やってられない。“友達”なんて、耐えられない」 いつも以上に饒舌に、早口に、日和は言葉を紡ぎ出す。 「恋人じゃなきゃ、耐えられないっ!」 そして気持ちを、織り上げた。 言われて初めて分かる。 頭を打たれたように、という比喩の、その意味が。
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