第一章

6/6
152人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
俺は、何も言えなくなっていた。 何も――言えなくなっていた。 日和を見ても。 自分の気持ちを吐き出して、今にも泣きそうな、日和を見ても。 「和君……」と小さく、俺の名前を殊勝に呼ぶ、日和を見ても。 俺は、何も言えなかった。 言わなかった。 上手く動かない口の代わりに、俺は己が身体を動かす。 俺の心はとうに決まっていたから。迷う理由は無かったから。 俺は。 日和に。 キスをする。 強引に抱き寄せて、自分の気持ちを押し付ける。 「……んっ」 一瞬、戸惑った様子を見せた日和も、今はすっかり俺を受け止めている。 お世辞にも上手いとはいえないけど、心のこもったキスは、柔らかくて温かかった。 「……しちゃったね」 唇を離した日和の第一声がこれだ。 「最初はお前からだっただろうが」 なんとなく、恥ずかしくて嬉しくて、日和の顔を直視出来なくて、俺は日和を小突く事しか出来なかった。 「――嬉しかった」 耳に、透き通る声が入ってくる。 鮮明に、明瞭に、瞭然と。 それ程大きなボリュームでもなかったが、何故かはっきりと聞こえた。 「そかそか」 とりあえず、そう返事しておいた。 正直に言えば、照れる。凄く照れる。 女の子に縁が無かったから、と言えばそれまでなのだが、なんとなく、違う気がした。 「とりあえず、移動しようか。流石にここ――」 「じゃ、出来ないもんね、色々」 俺の言葉を遮りつつ、繋げる日和。 色々ってなんだ、色々って。 「女の子に言わせるの?和君、鬼畜だね。それは勿論、セ――」 「言わせん!その先は言わせん!」 日和が何を言うか判別せずに、今度は俺が遮った。 「とりあえず!ここを抜け出そう!」 俺は、強引に日和の手を取った。 すると、初めて気付く。 日和の手はこんなにも小さくて、暖かくて、儚かった事に。 本当に、強く握ったら折れてしまいそうな、そんな手だった事に。 「行こうか?」 「今ここで?初めてで野外はハードル高いよ」 「いやホント、出鼻をくじくのだけは止めてください」 俺たちの新たな人生は、障害だらけだ。 見知らぬ世界に放り込まれた、一組の男女。 それが俺たち。 何が出来るか分からないけど、何でも出来る気がする。 「和君」 「何だ?」 この少女が隣に居るから。 きっと、そうに違いない。 「歩くの面倒。おんぶして」 「自分で歩けっ!!」 そしてこれが、俺たちの新たな距離。 物語は始まったばかりだ。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!