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「とりあえず、森を抜けよう」
そう口にしたのは、かれこれ数時間前の話。
だが、周りは一向に緑一色。全く進歩がない。
「和君。疲れた。おんぶ」
一語文が三つ。お前は赤ちゃんか。
とは言え、数時間も歩いているのは事実。
体力は、男の俺に分があるので、仕方なく背負ってやる。
そう、仕方なく。
他意はない。
「ほら」
日和の前で屈んで、しなだれかかるよう促す。
「ありがと」
背中に柔らかな感触がしたが、無視出来る程度の――。
「去勢されたい?」
「すいません。止めてください」
そこそこの、そこそこの!ボリュームのそれが、背中に当たるので、男としては、興奮を禁じ得ない状況だ。
「え、何?今からしちゃう?」
「頼むから、心を読まないで」
プライバシーもあったものじゃない。
まあ、日和に隠す事など、何もないのだが。
「いい加減、進むからな」
「和君、ツンデレ~」
おい背中、やかましい。
と言いつつも、日和を背負って歩く俺は、ツンデレではなくとも照れ屋なのかもしれない。
確か、俺たちの意識が戻ったのが明け方だったから、今は日中。
本当に、いい加減、人気(ひとけ)が恋しくなる。
などと、悠長な思考にいつまでも浸ってはいられなかった。
ガサッ。
明らかに不自然な、音。
風で草木がざわめいた訳ではなく――何かが、草木を踏み潰したような、音。
その何かは、すぐに分かる事となった。
「があぁうぁぁぁぁあぁっ!」
――慟哭。
マズい!見つかったら――!
すぐ近くで、衝撃波が発生した。
草木が薙ぎ倒され、俺たちの姿が、獣の姿が、露天の下に晒される。
鈍い黒に輝く四つ脚の体躯。禍々しい紋様の毛並み。
全身から滲み出るのは、純粋な殺気。
思わず、身体が止まりそうになるが。
「ぐるるるる……」
向こうはどうやら臨戦態勢のようだ。
「ちょっと、ごめん!」
日和を突き飛ばして、足元の石を拾い投げる。
これで、獣の意識は俺に――。
そんな考えは甘かったと、すぐに思い知らされた。
全長三メートルはあろうかという巨躯が、砲弾の如く飛んでくる。
鳩尾に頭突きを叩き込まれ、声も出せずに吹き飛ばされた。
それで、終いだった。
もとより俺は一般人。
あんな攻撃を食らって、耐えられるようなスペックではない。
動かなくなった俺には目もくれず、獣は次の標的――日和を睨み付ける。
おいおい嘘だろ?
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