第二章

2/30

152人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
「とりあえず、森を抜けよう」 そう口にしたのは、かれこれ数時間前の話。 だが、周りは一向に緑一色。全く進歩がない。 「和君。疲れた。おんぶ」 一語文が三つ。お前は赤ちゃんか。 とは言え、数時間も歩いているのは事実。 体力は、男の俺に分があるので、仕方なく背負ってやる。 そう、仕方なく。 他意はない。 「ほら」 日和の前で屈んで、しなだれかかるよう促す。 「ありがと」 背中に柔らかな感触がしたが、無視出来る程度の――。 「去勢されたい?」 「すいません。止めてください」 そこそこの、そこそこの!ボリュームのそれが、背中に当たるので、男としては、興奮を禁じ得ない状況だ。 「え、何?今からしちゃう?」 「頼むから、心を読まないで」 プライバシーもあったものじゃない。 まあ、日和に隠す事など、何もないのだが。 「いい加減、進むからな」 「和君、ツンデレ~」 おい背中、やかましい。 と言いつつも、日和を背負って歩く俺は、ツンデレではなくとも照れ屋なのかもしれない。 確か、俺たちの意識が戻ったのが明け方だったから、今は日中。 本当に、いい加減、人気(ひとけ)が恋しくなる。 などと、悠長な思考にいつまでも浸ってはいられなかった。 ガサッ。 明らかに不自然な、音。 風で草木がざわめいた訳ではなく――何かが、草木を踏み潰したような、音。 その何かは、すぐに分かる事となった。 「があぁうぁぁぁぁあぁっ!」 ――慟哭。 マズい!見つかったら――! すぐ近くで、衝撃波が発生した。 草木が薙ぎ倒され、俺たちの姿が、獣の姿が、露天の下に晒される。 鈍い黒に輝く四つ脚の体躯。禍々しい紋様の毛並み。 全身から滲み出るのは、純粋な殺気。 思わず、身体が止まりそうになるが。 「ぐるるるる……」 向こうはどうやら臨戦態勢のようだ。 「ちょっと、ごめん!」 日和を突き飛ばして、足元の石を拾い投げる。 これで、獣の意識は俺に――。 そんな考えは甘かったと、すぐに思い知らされた。 全長三メートルはあろうかという巨躯が、砲弾の如く飛んでくる。 鳩尾に頭突きを叩き込まれ、声も出せずに吹き飛ばされた。 それで、終いだった。 もとより俺は一般人。 あんな攻撃を食らって、耐えられるようなスペックではない。 動かなくなった俺には目もくれず、獣は次の標的――日和を睨み付ける。 おいおい嘘だろ?
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

152人が本棚に入れています
本棚に追加